言わずと知れた翻訳機「POCKETALK」(ポケトーク)を世に送り出したソースネクスト。創業25周年を迎えた現在、コロナ禍で需要が増加しているリモート会議用端末やパソコン周辺機器・ソフトウェアなどを次々とラインナップに加えるなど、時流に先手を打つ経営手腕は常に社会の耳目を集めています。
19年前からアメリカ・シリコンバレーに住居を構え、自ら良いプロダクトを目利きし、日本に送り出しているのは創業者であり代表取締役会長兼CEOの松田憲幸氏。JANE理事としても、アメリカでの「気づき」を日本政府への提言活動に盛り込むなど精力的に活動されています。
松田氏はアメリカのコロナ対策について「スピード感をもって試し、だめなら引く」とその大胆さを評価。一方、日本についてはコロナ対策にかかわらず様々な場面で法規制の厳しさが障壁となり、世界から後れを取ることに危機感を示します。イノベーションの聖地”にいるからこそ見える、日本が向き合うべき「課題」についても伺いました。
取材日:2021年9月16日
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
▼新経済連盟 https://jane.or.jp/
目次
1.シリコンバレーから日本のワクチン政策に提言
2.単なる翻訳機を越えたPOCKETALK
3.「試してだめなら引く」アメリカのコロナ対策
4.リスクを取り、志ある創業者が集うJANE
5.必要なのは規制緩和と、アイディアが実現するサイクル
シリコンバレーから日本のワクチン政策に提言
―2012年からアメリカ・シリコンバレーへ移住したと伺っています。きっかけを教えてください。
IT企業として世界を目指すならシリコンバレーにいないといけない、というシンプルな考えからです。我々のビジョン「世界一エキサイティングな企業になる」を実現するためには、グローバルな企業が集結するシリコンバレーに行くしかないと思いました。元々ソースネクストのビジネスは、アメリカから面白い製品をローカライズして日本で販売する形でした。移住までするのは珍しいかもしれませんが、私の中では自然な決断でした。移住前からリレーションがあったアメリカの企業とさらに関係を深めたいという思いもありましたし、当時は経営黒字が続き、経営基盤が安定したタイミングでもありました。
―今では当たり前になりつつあるリモートワーク。松田理事の移住は先進的でしたが、離れた場所で業務することに当時、懸念点はありませんでしたか。
全くありませんでした。日本の社員は私と物理的に離れていることで、むしろある程度自由に決められるようになります。近くにいればどうしても私に決断を委ねていた部分もあったと思うので、まず日本側で考えてもらうという意味でも良かったです。今回のコロナ禍でも、9年前から私自身が率先してリモートワークをしていたので、全社への導入も早く進みました。
―移住の2年前にJANEに加盟されました。アメリカに住みながら日本の経済団体に参画された理由をお聞かせください。
私がシリコンバレーに住んでいることで貢献できることがあると思いました。今年5月、当時の規制改革担当相で新型コロナワクチン接種推進担当大臣だった河野太郎氏と楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史さん(JANE代表理事)とで、新型コロナウイルスのワクチン普及に関してオンラインでの会合がありました。会合に先立ち、私もアメリカ現地のワクチン接種の問診票を入手して、記載項目がとてもシンプルであるといった生の情報を直接河野大臣に伝えました。ほかにも、アメリカのワクチン接種会場におけるロジスティックスの重要性や、非医療スタッフが活躍している現状をお伝えしました。
―ほかにもJANEの活動で印象に残っていることはありますか。
インド視察が印象に残っています。私自身、20年ほど前からインドの企業とお付き合いがありましたので、皆様をご紹介することができました。ほかにもシリコンバレーへの視察もありました。元々、NVIDIA社のCEOとはランチをする仲でしたので、視察団の皆様に紹介させていただいたり、オフィス見学をさせていただいたりしました。視察には、前デジタル相の平井卓也氏を含む自民党国会議員の皆さんもいらっしゃいました。
<参考>これまでの主な海外視察
・2014年 「みらいの視察団」フィンランド・エストニア・ベラルーシ視察
(https://jane.or.jp/proposal/notice/4063.html)
・2015年 「みらいの視察団」インド訪問
(https://jane.or.jp/proposal/notice/4174.html)
・2017年 シリコンバレーサミット
(https://jane.or.jp/proposal/event/4376.html)
・2017年 イスラエル視察
(https://jane.or.jp/proposal/event/4331.html)
・2019年 イスラエル視察
(https://jane.or.jp/proposal/event/9531.html)
単なる翻訳機を越えたPOCKETALK
―ソースネクストは「POCKETALK」「Meeting OWL」(ミーティングオウル)といった最近のヒット作のほか、「KAIGIO」(カイギオ)シリーズも好評を博していますね。
POCKETALKのミッションは「言葉の壁をなくす」です。KAIGIOは「会議を、変えよう」というミッションです。KAIGIOブランドでは「MeePet」(ミーペット)というリモート会議専用端末のほか、「全録(ぜんろく)KAIGIO」という会議の録画や、会議でシェアされた資料の自動スクリーンショットができる製品もあります。Meeting OWLやKAIGIOを発売したのは、新型コロナウイルス感染症の拡大もきっかけの一つですが、私自身がリモート会議する中で「こういうものがあれば絶対いい」と実感していたこともありました。
―POCKETALKの開発秘話を教えてください。
2001年から構想し、当時ある程度投資もしましたが、当時の技術ではどうしても文章として訳すのは無理で単語ぐらいしかできず、しばらくはデバイスではなくソフトウェアで実現しようと翻訳ソフトを販売していました。POCKETALKのようなデバイスを作るには、当時はハードウェアも、ソフトウェアも、ネットワークのスピードも追いついていませんでした。16年経ち、やっとこの3つの条件が揃いました。デバイス自体の大きさや価格も重要でした。
―Meeting OWLもだいぶ前からアメリカ国内で目を付けていた商品でしたか。
日本での販売を始める5カ月ほど前にアメリカで見つけたものです。既にアメリカ国内で3万社以上に使われていました。アメリカは国土が広く、ロサンゼルスからニューヨークまで片道で6時間もかかります。ですので、リモートワークは昔から当たり前の社会です。もちろん、対面ならではの良さもあるでしょうし、業態によっては対面の方がいい場合もあると思いますが、こういったデバイスがあれば物理的な距離が課題となっていた企業でも、リモート会議が支障なくでき、ビジネスのスピード感も出て幅も拡がるのではないでしょうか。
―コロナ禍での製品売上はどうでしたか。
POCKETALKはコロナ禍で需要が減りましたが、一方、Meeting OWLやKAIGIOのようなリモート会議に使えるラインナップを増やしましたので、その点はプラスです。今の時代はどういったことが起きるかわからないですから、プロダクトラインナップを揃えておくことは重要だと改めて実感しました。
また、POCKETALKはコロナ禍をきっかけに進化しました。対面でPOCKETALKを使って翻訳することに加えて、リモート会議で活用できるようになりました。リモート会議で発言した内容が即座に別言語に翻訳され、ほぼ同時に字幕として画面に表示されます。今後、確実にビジネスの在り方を変えていくと思います。
ビジネス以外でも、語学学習にも活用できます。「AI会話レッスン」機能を使えば日常や旅行といったさまざまなシーンをシミュレーションして会話の練習ができたり、「発音練習」機能を使えば、発音の直すべきポイントを教えてくれます(注)。今、旅行はできないけれど英語を勉強したいという方は多いと思いますから、今後もそういった方々のニーズにお応えしていきたいと思います。
(注)発音練習機能の対応言語は英語のみです。
「試してだめなら引く」アメリカのコロナ対策
―アメリカのコロナ対策についてお聞かせください。
今でこそアメリカと日本のワクチン接種率はほぼ差がなくなりましたが、アメリカの対策の早さは最初のFDAによる承認から早かったです。それだけ感染拡大によるダメージが大きかったという背景はありますが、全体的にどの動きも早かったと思います。友人と話していましたが、アメリカの場合はいろいろ挑戦して試しているということが強みだと思います。放置したり、はたまたロックダウンのようなことまでしたり。ワクチン接種者に懸賞金を出したり、民間でもドーナツを配ったりする動きも早期からありました。
マスクに関しても、ワクチン接種済みであれば着用しなくていいなど振り切った政策を実行しながら、また感染拡大してきたら着用する。「試してみてだめなら引く」というのを繰り返しています。空港でもPCR検査は実施しませんし、入国者の隔離もしません。経済を回すという意思が強いのだと思います。レストランでは、酒類提供や営業時間を制限したことはありません。容積率に対して「何割の人数の入店まで営業可能」という考え方なので、店舗前の道路を店の敷地として活用して、コロナ後に席数が増えた店も多いです。
日本では、酒類提供や営業時間を制限してきました。一方で、日本の街中の様子を取り上げた報道を見たアメリカにいる人から見れば、酒類提供を禁止しておきながら、路上で酒を飲んでいいのは「一体どういうことなんだ」と。私も日本国外からその状況を見て、先にそちらを規制したほうがいいのではと思いました。アメリカは公共の場での飲酒規制が強く、外で飲酒をしていると、逮捕されることもあります。ほどんどの州で、タクシーや電車内での飲酒も禁止されていますし、21歳以上の証明がないとお酒を買うことはできません。フードデリバリーのようなドア越しでもお酒は証明書なしには受け取れないので、徹底していますよね。
―日本のコロナ対応の改善点はどのようなことだとお考えですか。
オリンピック・パラリンピックの開催国なのに、ワクチン接種がこれほど遅れたことだと思います。もっと早く動けていれば、ワクチン確保も、より迅速にできたのではと思います。接種開始も認可も主要な諸外国と比べて遅く、アメリカでも「なぜ日本はこんなにワクチン接種が遅かったのか」とよく聞かれました。早い段階で5~6割の接種率まで達することができていれば、オリンピック・パラリンピックの会場に観客を入れることもできたかもしれません。
様々な場面で規制が多く、政府からの働きかけもしづらいことも遅れの要因ではないでしょうか。病院に関しても日本では民間経営が多いのでコロナ患者の受け入れがなかなか進まないのです。また、日本は祭日が多く、公的機関や企業も休日は稼働しないことも挙げられます。日本の祭日の多さに関しては、アメリカにいる人からよく指摘されます。例えば、「何の日だ」と聞かれ「海の日だよ」と答えると「それは何だ」と(笑)。アメリカでは、国民の祝日が日本に比べて非常に少ないですから。
―コロナ禍前後で働き方に変化はないですか。
以前からテレビ会議システムを活用しているので、私自身においては働き方で特に変わったということはありません。日米の時差は16時間、9年も経てば完全に慣れました。日本とのミーティングは、シリコンバレーの時間で夕方、日本の時間で朝から開始しています。ただ、日本の夜の食事会へのリモート参加はやるべきではないですね。会社の創立記念パーティーが日本時間午後6時からあったのですが、こちらでは午前2時から始まることになり、飲み続けたら朝になってしまうんです(笑)。
ですが、時差がプラスに働いたことも多いと思っています。日本側が寝たあと私が働く形になるので、会社全体ではほぼ24時間近く動いていることになります。海外とのやりとりにおいても、日本側で準備をしてもらい、日本側が寝ている間にアメリカでのミーティングを私が直接行うということができ、むしろ効率的だと実感しています。
リスクを取り、志ある創業者が集うJANE
―JANEでは、コロナ禍の早い段階からJANEの会員企業経営者を対象とした情報共有ミーティングが開かれていました。
去年3月から毎週、コロナ禍での各自の取り組みを共有していて、すごく意義があったと思います。知識が増え、行動が変わったという企業も多かったようです。私にとっても、渦中に医師にゲストスピーカーとして参加いただき、質問できたことで安心できたこともありましたし、安心できない部分が明確になったこともあり大きな意味がありました。政府への働きかけについて話し合いもしました。実際、ワクチン接種の在り方だけでなく、学校の休校要請も三木谷代表理事を中心に政府へ働きかけるなど、JANEが動かした部分は大きかったと感じます。
政府に対し、施策の遅さや我々の目から見て最適ではない判断をしていると考えた場合は、きっちりと具体的な提言をしていく。必要な場面で適切に情報を提供することが今後も求められると思います。私自身のことで言えば、JANEのシリコンバレー支社のような感覚でいます(笑)。アメリカの生の情報をJANE内で共有し、政府に伝える役割も引き続き担っていきたいと思います。
<参考>経営者情報共有ミーティングについて
https://jane.or.jp/proposal/comments/12535.html
―JANEに参画する意義をお聞かせください。
若い方々が集まる経済団体でこの規模の大きさはJANEしかないと自負しています。他の団体と違う特徴は、多くが創業者だという点です。実業家として自らリスクを取ってきた人が集まっていますから意思決定やアクションのスピードも速いと思いますし、志を持っています。今後新たに参加される方も起業家が多いと思いますから、他の方々と親しくなり、経営手法を学び続けられると思います。何よりも政府に直接提言できる団体ですので、政治に対して思いがあれば一丸となって社会をよりよく変えるために活動できる場でもあります。
どんな経営者でも誰かから学ぶことで力を付けていきます。必ずそのきっかけになりますし、私にとってもすごく刺激になっています。コロナ禍の困難で、前が見えないと悩んでいる方も、他の方々と話すと前向きな気持ちに変わると思います。
ビジネス上ではコネクション作りにも役立ちます。私もJANEをきっかけに多くの人と知り合えましたし、ビジネスにも繋がりました。
―新しいイノベーションが生まれる場になる可能性もありますね。
若い経営者も多いですから新たな事業を検討するときに「あの社長知っているよ」と繋がり、紹介もしやすくなります。経営者の方はぜひ入会されるといいと思います。
必要なのは規制緩和と、アイディアが実現するサイクル
―JANEとして政府に提言していかなければならないことは何でしょうか。
シリコンバレーと日本のビジネス環境で大きく違うことはやはり規制です。規制を取り払わないと多くのスタートアップは生まれていきませんし、出てきても投資する人がでてきません。シリコンバレーでは規制が障壁になることで新しいことを始められないケースがほぼありませんので、だいたい「後で何とでもなるよ。まずやってみよう」とテンポ良く話が前に進みます。日本は逆で、何か発案しても「法律は大丈夫か」と必ず議論になり、歩みが留まります。例えばフードデリバリーサービスについても、日本ではたまたまバイクで荷物を運搬することが許可されていたから展開できました。ただ、アメリカのフードデリバリーサービスでは自動車での運搬が当たり前で、徒歩や自転車、バイクでの運搬はありません。まず法的なことを気にしてしまうこと自体、日本企業にとって損ですし、イノベーションを減少させる原因です。
極端な話ですが、ビジネスの観点では、アメリカと同じ規制環境になれば日本からも多くのイノベーションが生まれるでしょう。既得権益を持つ方々は嫌がるかもしれませんが、規制は緩和しないと目まぐるしく変化する国際ビジネスの中で、日本の産業の未来は厳しいと思います。
これらのことから、規制の撤廃について、私は発信し続けたいと思います。若い方がどんどんアイディアを出し、それを実現して社会が良くなっていくサイクルが日本には必要です。そのようにしてアメリカの景気は回復してきましたし、今も素晴らしいスタートアップが生まれ、投資され続けています。
日本では、若くて新たなアイディアを持ち挑戦したいと思っている方は、シリコンバレーに比べたらまだ少ない印象です。しかし、ポテンシャルは大いにありますから、私たちが発信し続けることで、この日本の構造を変えていきたいと思っています。
松田 憲幸 理事(ソースネクスト株式会社 代表取締役会長 兼 CEO)
https://www.sourcenext.com/
1965年兵庫県生まれ。大阪府立大学工学部数理工学科を卒業し、同年日本IBMに入社。1996年8月、ソースネクスト株式会社を創業し、2008年に東証一部上場。業界常識を打破した更新料0円のウイルス対策ソフト「ZERO ウイルスセキュリティ」はじめ、累計5000万本以上のソフトウェアを販売。2017年12月には通訳機「POCKETALK(ポケトーク)」を発売し、IoT事業にも参入。ポケトークの世界展開とともに、IoT製品のラインナップの拡充し、2020年3月からテレワーク関連製品も、新たな事業の柱としている。2021年2月より現職。ソースネクストグループの持続的な成長発展および企業価値向上のために、新代表取締役社長 兼COOの小嶋とともに新経営体制を牽引する。
文・撮影・編集/Finds JANE 編集チーム
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