新経済連盟(JANE)幹事/内山幸樹(株式会社ホットリンク 代表取締役グループCEO)
ソーシャルメディアのビッグデータ収集・解析により企業のSNSマーケティング支援サービスを提供する株式会社ホットリンクにて、代表取締役グループCEOを務める内山幸樹氏。JANEでは、ダイバーシティ・インクルージョンの推進を目的として2019年4月に発足したSOGIエンパワーメントプロジェクトチームのリーダーとして、企業におけるLGBT等性的マイノリティーへの理解促進を推進しています。今回、内山幹事にプロジェクトでの活動や、JANE会員企業に向けて講演いただいたプライバシー問題における世界や日本での動向について、お話を伺いました。
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
※SOGI = Sexual Orientation and Gender Identity(性的指向と性自認)
取材日:2020年10月27日
目次
1.ダイバーシティ推進で誰もが活躍できる社会を
2.正しい競争環境構築が必要
3.データ活用において日本が取り組むべき課題
4.個人情報保護とデータ流通を両立する「Trusted Web」
5.日本は「Trusted Web」世界標準化を主導すべき
6.「Trusted Web」実装に向けた取り組み
▼ハイライト動画(約1分30秒)
ダイバーシティ推進で誰もが活躍できる社会を
-SOGIエンパワーメントプロジェクトチームではどのような活動を行っているのでしょうか。
JANEの会員企業に対して、ダイバーシティの重要性を伝える活動を行っています。SOGIエンパワーメントプロジェクトチームとしてこれまで3回の「LGBT等性的マイノリティーへの理解促進セミナー」を開催し、当事者理解に役立つ情報共有や、先進的な対応を行っている企業事例の紹介などを行いました。
日本企業でのイノベーションを促進するには、あらゆる性的指向や性同一性を持つ人々を含め、多様な人材が活躍できる環境が必要ですが、人事担当者でもSOGIの言葉自体を知らない場合もあるなど、企業によっても人によっても理解度に差があるのが現状です。人事部だけに任せるのではなく、経営トップが自ら課題を把握しダイバーシティ推進にコミットすることで、スピード感をもって取り組むことができますし、それが重要なことだと考えています。
-JANEとしてSOGIなど社会課題解決に取り組む意義はどこにあると思いますか。
JANEには、テクノロジーの力で世の中の課題を解決し、自社の事業を推進してきた多くの経営者・企業家が集まっています。その力を、各社や業界の利益を超えて、より広い公共の社会課題の解決に活かしたことは、これまでNPO団体だけで成そうとしてきたことの幅やスピードを大きく増幅し、世の中に大きなインパクトを与えることができます。
自身も起業や経営の経験を通して培った知見を公共の社会課題の解決に活かしてきました。株式会社ホットリンクの事業とは別に、私は一般社団法人Famieeの代表理事として、法律上は家族と認められていないLGBT等性的マイノリティーの当事者の方々が、社会的に家族として認められ、同等の権利やサービスを受けられる世の中を実現するための活動として、ブロックチェーン技術を活用した人権問題の解決に取り組んでいます。
テクノロジーによる課題解決は、多くの起業家がベンチャー企業の事業として実現してきたことです。彼らがそれらの経験を活かして公共の社会課題に取り組むことで、よりよい社会の実現に近づけると信じています。
正しい競争環境構築が必要
-内山幹事はデータとプライバシーの問題についてJANEの会員企業向けセミナーでもお話されましたが、現状の課題についてお聞かせいただけますか。
2020年6月のデジタル市場競争会議にて公開された「デジタル市場競争に係る中期展望レポート」で挙げられている根本的な課題は、巨大デジタルプラットフォーマーと呼ばれる企業だけにデータが集まり、流通が起きないことです。IT革命によって、デジタルプラットフォーマーと呼ばれる企業は様々なデータを中央集権的に集めることができる状態となりました。デジタルプラットフォーマーは保有するデータを活用しAIなどの技術精度を高めることで、さらに顧客とその企業の持つデータを囲い込み、それによって、他のベンチャー企業などが同じ技術を持っていたとしても、データの保有量の大差で新規参入が進まず、市場の中で公正な競争が起きにくくなります。
海外企業である巨大デジタルプラットフォーマーに対し、日本企業が公正な競争環境で戦うには、そもそも競争の仕組み自体を変えるとともに技術革新をしないと難しいという課題感が、レポートの背景です。
データ活用において日本が取り組むべき課題
-課題に対して日本はどのように取り組んでいくことが必要なのでしょうか。
大きく3つのアプローチがあると考えています。まずはDXの推進。そもそもデータを持っていないとデータを集約することもできず話になりませんが、日本企業は未だに多くの現場で紙の文化が残っています。それらをデジタル化し、データとして活用できる状態にすることが大前提です。
2つ目は、短中期のルール整備です。日本企業がデジタル化できたとして、データをプラットフォーマーに取られてしまうというのでは日本企業が市場で公正に戦えるとは言えません。市場で独占状態が起きた時に規制する法律として独占禁止法や競争法があるのですが、そもそも独占が起きないような事前対策としてのルール整備が必要です。この考え方からできたのがデジタルプラットフォーマー取引透明化法です。
最後に、中長期の技術革新が重要ということについてです。
コロナ禍で明らかになりましたが、個人の位置情報や接触情報が感染症の拡大防止の目的で使われる場合、個人のプライバシー保護と公共の利益とのバランスを考えることは非常に難しく、ルールで縛ろうとするとどちらか一方を選ぶしかありません。ルールだけでは両立させられない倫理上の問題に遭遇した際、解決の糸口となるのは新しい技術革新です。民間に任せるだけではなく、どのような方向性で技術が生まれるべきかというビジョンを示すことが重要だと思っています。
個人情報保護とデータ流通を両立する「Trusted Web」
-新しい技術革新とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
現在議論されているのが「Trusted Web」です。これは、データへのアクセスをコントロールできるデータガバナンスレイヤーを作り、データの流通と個人情報の保護を両立させる仕組みです。「Trusted Web」という言葉自体がまだ新しく、明確な定義も定まっていない状態ですが、要素技術としては、ブロックチェーンや分散ID技術、分散ストレージなどが利用されると見込まれます。
「Trusted Web」が社会実装されることで、プラットフォーマーによるデータの寡占が解消され、技術力で平等に勝負できるようになり、適切な環境での競争が誘発され、企業同士切磋琢磨することで、世界でのイノベーションが加速すると見ています。
現状ではデータが複製されて元の所有者から離れることで、元の所有者はデータ活用に対してコントロールする手段を失ってしまいます。それにより生じた問題で代表的な事例は、Facebookのデータの一部がデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカを通じ政治利用されていた事件です。消費者のデータとビッグデータ解析、ターゲティング広告を組み合わせることで、世論操作が行われました。日本では危機感を持つべき話題としてはあまり認識されていませんが、同じことは日本でも起こり得ます。
日本は「Trusted Web」世界標準化を主導すべき
-日本は「Trusted Web」の構想において、どのような立ち位置にいるのでしょうか。
2019年1月に行われたダボス会議にて、当時の安倍晋三首相が、「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト」という概念を提唱し世界に向けて発信しました。その概念を具現化したシステムアーキテクチャが「Trusted Web」という位置づけで、Trusted Webを具体化していくために動き出したのがTrusted Web 推進協議会です。Trusted Webのアイデアを早期に具現化し、既存のインターネットのプロトコルに新しくガバナンスレイヤーを加えるというビジョンを、日本が世界に先駆けて示し、世界での標準化を主導していくことが重要です。
Trusted Webを具現化する要素技術としては海外企業を中心に既にコンソーシアムなどが立ち上がっており、標準化技術も様々なものが生まれてきています。ただ、それらの技術を組み合わせて既存のインターネットのプロトコルに新しく「データガバナンスレイヤー」というプロトコルを加えて「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト」を実現しようという発想はとても新しい考え方で、日本ならではのものです。要素技術を集約した新しい仕組みの構築を日本が主導することで、「Trusted Web」について最も理解のある国として知識や人材が集約され、活用したアプリケーションの開発などの具現化において、世界競争で優位に立つことができるのではないでしょうか。
-「Trusted Web」が実現した場合、企業や個人はどのようにデータを扱うようになるのでしょうか。
データ提供側の企業は、相手先の企業が「Trusted Web」の仕組みを利用していることを条件としてデータを提供するようになるでしょうし、データを受け取り活用する側の企業は、データ提供側の信用を得るため「Trusted Web」のうえでデータをやり取りするようになるでしょう。
個人にとっては、例えば自分のヘルスデータなどを誰がどう使うかをスマートフォン上で管理出来るようになるでしょう。自分の情報がどう使われるかの判断には消費者側の知識も必要になりますが、ある程度の基準を決めた上でエージェントと呼ばれるAIが判断するような仕組みが出てくることも考えられます。
「Trusted Web」自体はまだ構想段階です。要素技術の進化を想定しても、同じ仕組みの上で動かし、標準化していくにはまだ時間がかかるのではないでしょうか。私達が今使っているインターネット技術も似たような進化を遂げており、そういったタイムスケール感で社会実装されるものだと考えています。
「Trusted Web」実装に向けた取り組み
-ブロックチェーンを活用した同性パートナーシップ証明書の発行サービスも、技術を活用したデータ流通と個人情報の観点から「Trusted Web」に通じる考え方なのでしょうか。
現在、いくつかの自治体で、同性同士でのパートナー関係を証明するパートナーシップ証明書の発行が行われています。この証明書を提示する事で、生命保険の受取人になれたり、夫婦として収入合算して住宅ローンの査定が受けられたりと民間での対象サービスが広がってきています。しかし、自治体の証明書は、自治体毎で発効要件がバラバラであり、手続きや証明書がデジタル化されていないですし、証明書を受け取った企業側も、その証明書が正当な証明書かどうかを検証する仕組みがありません。
そこで、全国どこに住んでいる人に対しても、民間でパートナーシップ証明書を発行するプロジェクトを始めたわけですが、そもそも、行政ではなく民間が発行したパートナーシップ証明書を企業側に正当なものとして”Trust”してもらうためには、証明書発行時の厳密な本人確認手続きや関係性確認をオンラインで実現する仕組みが必要です。更に、パートナーシップ証明書の情報は、個人の性的指向を表す情報であり、絶対に漏れてはいけないプライバシー情報ですから、申請した本人のみがその証明書を誰に提供するのかを決定する権限を持ち、発行した団体すらその情報を閲覧・流通できないというプライバシー保護に対する”Trust”が担保された仕組みがないといけません。また、その証明書を提出された企業は、その証明書が本物であり改ざんされていない”Trust”が担保された証明書であることを確認できないといけません。
このような、データの生成から、流通・閲覧・検証という一連の流れの中に悪意をもった人が介在したとしても、個人認証技術・暗号化技術・ブロックチェーン技術などの様々な要素技術を組み合わせて、情報の真正性・流通性・プライバシー保護・検証可能性を担保するというところは、まさに「Trusted Web」が実現しようとしているものだと言えます。
-最後に、改めてJANE参画の意義をお話いただけますか。
ベンチャー企業の多くは、自社サービスによって社会課題を解決し、世の中をより良くしたいとの思いで事業に臨んでいますが、世の中に大きなインパクトを与えるためには、一社だけでは限界があることも事実です。JANEに加盟することで、法律の改正等、新経済を活性化するための環境整備や業界をあげての取り組みなど、一企業ではできなくても、事務局や会員企業の力を合わせることで、組織としてできることが広がることを実感しています。社会への強い課題意識を持っている方々には、ぜひ参画いただきたいと思います。
-ありがとうございました。
新経済連盟(JANE)幹事/内山幸樹(株式会社ホットリンク 代表取締役グループCEO )
1971年 富山県生まれ。
1995年 東京大学大学院博士課程在学中に日本最初期の検索エンジンの開発&検索エンジンベンチャーの創業に携わる。
2000年 株式会社ホットリンクを創業。
2013年 東証マザーズ上場。
2015年 米国企業を買収し、海外展開。
現在は世界中のSNSデータアクセス権販売と、国内及び中国市場向けにSNSデータを活用したマーケティング支援を展開。2018年よりブロックチェーンを活用したLGBTの課題解決方法として「Famieeプロジェクト」を着想。2019年8月に一般社団法人 Famieeを設立、代表理事就任。2019年4月に新経済連盟が発足した「SOGIエンパワーメントプロジェクト」チームリーダー就任。
文・編集 / 木原 杏菜(きはら・あんな)
鹿児島県出身。PR代理店にてPRコンサルタントとして活動後、楽天株式会社の広報部にて新規サービスの広報に携わる。その後freee株式会社に転職しスタートアップの広報を経験後、独立。企業や団体の広報活動支援や、ライティング業務などを行っている。