イスラエル視察、起業家醸成文化の真髄に触れる
2019年12月1日から5日(現地視察は2日間)、新経済連盟(以下「新経連」)としてイスラエルに視察団を派遣しました。
イスラエルは、1年間に約1,000社のスタートアップが生まれる国として知られ、イスラエルと日本の企業間関係もこの数年間で急速に進展しています。新経連も役員を中心にこれまで数回にわたり渡航してまいりましたが、今回は平井康文顧問を団長として、井上高志理事、由利孝理事を含む少数精鋭の視察団を派遣し、イスラエルが注力するサイバーセキュリティやモビリティ等の最先端事例に触れるなど、産官学に軍を加えたイスラエル独自のスタートアップ・エコシステムを視察しました。
今回は、2日間でテルアビブ、ハイファ、カイザリア、エルサレムの順に4都市をめぐるという野心的なプログラムでしたが、独自の技術やサービスで注目される企業やベンチャーキャピタルおよびそのポートフォリオ内のスタートアップ企業は勿論、政府機関や有力大学にて50人以上の関係者と面会し、非常に多くの成果を得ることができました。このうち、公的機関・施設、大学関係者との面会の模様をご報告します。
■イスラエルイノベーション庁 (IIA)訪問
<概要>
●政府の資金を民間スタートアップへ投資する役割を持つ。黎明期の企業が波に乗る前に発掘してファンディングしているが、政府資金という性格ゆえ産業全体の成長を重視している。そのため投資対象を厳選してリスクの低減化をはかっている。基本的に個別企業に経営上の指示を出すことはない。2018年度の予算は5億ドル(うち1.3億ドルが新規企業向け)で、約1,500のプロジェクトに投資された。近年は脳科学分野に力を入れてきたが、今後の注力分野として、食品、医療・健康、交通分野における、破壊的技術や新分野のパイロッットプロジェクトへの支援を挙げている。
●インキュベータプログラムの詳細
・政府支援によるプレシード期またはシード期のプライベートファンド
・2~3年スタートアップと伴走する
・1件当たりの上限は80万ドル
・過去10年間で600以上のスタートアップに投資済
<所感>
IIAの次世代を担うホープと目される40代の担当者(マクロ経済学者、成長戦略部門のトップ)が、予定時間を超えて熱心にイスラエル政府のスタートアップ支援戦略を語ってくれた。当日は日本語を理解するアジア太平洋地域担当者も同席し、日本との協業への期待感が強く感じられた。政府資金を黎明期のスタートアップに投資しつつ経営に口を出さないIIAの姿勢は、まさに「挑戦を応援し、失敗を受け入れる」というイスラエルの起業文化を体現していると言える。日本でもそうした考え方を取り込み、官民協働でスタートアップを応援していく環境がさらに整えば、より多くの起業家が生まれ、経済成長を促す大きなうねりができるのではないか。
■イスラエル工科大学(テクニオン)訪問
<概要>
●MITやスタンフォード大学などとも比肩する、世界最高水準の研究・教育水準を持つ国立工科大学。設立は1912年とイスラエルで最も古く、最も高い実績を持つ理工系大学と認知されていたが、2000~2002年にノーベル賞受賞者(化学賞)を輩出してからは、世界的にテクニオンへの注目が集まっている。MIT等とは異なり医学部を持つため、病院が併設され臨床研究ができる体制が整備されていることも特徴で、ライフサイエンス分野のエンジニアを育てるプログラムも提供している。現在は米国ニューヨーク州のコーネル大学と中国広東省の汕頭大学とのパートナーシップにより、それぞれにキャンパスを設置している。テクニオンへの留学生としては中国からの学生が最多。
●1995年から2014年までに、卒業生によって1,600を超える企業が創立された。そのうち、新規上場またはM&Aによりエグジットした企業は100を超え、テクニオンを起点としたスタートアップエコシステムが成立している。活躍している著名な卒業生として、歩行補助装置ReWalkの開発をするDr. Amit Gofferや、無線のカプセル内視鏡システムPillCamの開発者Dr. GavrielIddanがいる。
<所感>
日本の四国ほどの面積の小さな国からノーベル化学賞受賞者が輩出され、スタートアップのエコシステムが作られている背景には、イノベーション庁同様、挑戦を応援する文化が背景にあると感じました。初期の頃から女性の活躍にも力を入れているとのことで、今後女性の技術者も多く輩出し、世界の技術の先駆けとなることも期待されています。中国の工学・技術系大学と緊密な関係を持つ一方で、2016年4月に、インターネット総合研究所(IRI)の創業者である藤原洋氏の名前を冠した研究センター「The Hiroshi Fujiwara Cyber Security Research Center」を開設するなど、日本への期待も大きいようです。
■タグリット イノベーションセンター 訪問
<概要>
●ユダヤ人の若者を世界中に派遣するプログラムを行う機関であるTaglit-Birthright Israelが、テルアビブ証券取引所とのパートナーシップにより2016年に創設。国内のイノベーションの現状や最新事例を紹介している。イスラエルが誇るミサイル防御システム「アイアンドーム」が、どのような先端技術より機能しているかの紹介を始め、空気を取り込むだけで水を作り出す装置、携帯電話の充電が1分以内にゼロから完了できる装置、食べ物をスキャンするだけで各栄養分の量を知らせる小型装置など、現在のイスラエルを代表する先端企業の展示を見学した。
<所感>
国内のスタートアップや世界的に評価の高いテック企業が取り組む先端事例を一堂に集め、常設展示している施設は日本にはなく、非常に新鮮に感じられました。またそれが証券取引所に併設されている点は、そうした先端技術やスタートアップエコシステムこそが、イスラエル経済の発展を支えているという認識が、イスラエル経済界・金融界で広く共有されていることを示しています。見学ツアーを担当するスタッフ(ほとんどが女性)の知識・解説のレベルはきわめて高く、イスラエルのイノベーションを俯瞰するうえで、有益な機会となりました。
タッチパネル付きテーブルでスタートアップを検索
■TAU Ventures 訪問
<概要>
●2018年に創立したテルアビブ大学発のベンチャーキャピタル。約2,000万米ドルを運用。既に国内のスタートアップ企業の約半分がTAUから生まれている。投資ポリシーとして、ただ投資するだけでなく企業との関係性や繋がりを重視しており、スタートアップCEO同士の食事会が開催される等、ネットワーク構築の場も提供している。広い敷地と施設を持つ大学の利点を活かし、オフィススペースを無償提供しており、またTAUの学生がVC内のスタートアップでインターンシップすることができるプログラムもある(原則的に企業に報酬を支払う義務はない)。
●投資先として一番多い分野はサイバーセキュリティ分野。今回は4つのスタートアップ(VR技術を紛争現場に生かして敵の場所を確認できるシステムを開発する企業、専門家サーチプラットフォームを開発している企業、言語認識ソフトを開発している企業、フェイクニュースを検知するサービスを提供する企業)の4社のプレゼンテーションを聞き、意見交換をした。イスラエル国防軍やイスラエル政府、さらにはアメリカ国防総省をクライアントに持つ企業もあり、技術の高さをうかがわせた。
<所感>
日本でも大学発ベンチャーを促進させようとする動きがあるが、VCの資金不足と企業を育成する人材が足りないことが課題としてよく挙げられます。イスラエルでは、大学発ベンチャーであることのメリット(縦横の繋がりや学生のインターン受入れ等)を存分に生かし、ベンチャー同士のエコシステム成形を目指すことで、1社の発展のみならず、長期的な国内経済発展への寄与に繋がっていると感じました。
TAU Ventures マネジングパートナーを囲み、キチネットのある共有スペースにて