-スタートアップの育成に向けた展望とは-JPX・清田CEOx新経連・三木谷代表トップ対談『市場再編のインパクト』【NEST NEXT Specialレポート】

旬のテーマ・分野に特化して、そのキーパーソンをお招きする「NEST NEXT」は、新経済連盟(JANE)主催のビジネスサミット「NEST(新経済サミット)」からスピンオフした新しいイベントです。今年度は日本取引所グループ(JPX)と協賛各社のご協力のもと、「東証再編と新興企業・新興市場の活性化」をテーマとして、年末まで複数のイベントやセミナーを開催する予定です。

2021年2月26日、そのオープニングとなる「NEST NEXT Special」を開催しました。

バブル崩壊から30年を経て日経平均が3万円を回復するなか、2022年に迫った東証再編、経済団体が作る世界初のインデックス「新経連株価指数 」、新興上場企業が課題とする効果的なIR戦略、そしてIPOを目指すスタートアップへのメッセージなどお話を伺いました。

ここでは談話部分をご紹介します。

■登壇者(*役職はセミナー開催当時のもの。)
・清田 瞭 様(株式会社日本取引所グループ取締役兼代表執行役グループCEO)
・三木谷 浩史 代表理事(楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長)
・齋藤 正勝 幹事(auカブコム証券株式会社 代表取締役社長)*モデレーター

目次
1.いま日本に必要なのは資本市場がイノベーションと成長を応援する仕組み
2.日本の潤沢な金融資産をリスクマネーにするために
3.スタートアップ支援カギは、目利きの実績をデータ化して蓄積することにある
4.意欲ある若い経営者にチャンスを掴んでもらいたい

当日の収録映像も公開しています

YouTube「JANE Channel」

いま日本に必要なのは資本市場がイノベーションと成長を応援する仕組み

齋藤幹事(以下、齋藤):東証の市場区分の再編は、証券会社と企業経営者双方にとって非常にインパクトのある話だと思います。これに限らず、資本市場全体について、海外との比較も含めて三木谷さんはどう考えますか?

三木谷代表理事(以下、三木谷):私が銀行員時代のインターネットの速度は14.4kbpsでしたが、いまでは5Gの時代に突入し速度が約10万倍になりました。24年前、ファイルのフォーマットとインターネットで世の中が根本的に変わると思って起業しましたが、いい意味で私が想像していた以上の変化がありました。

振り返ると、私が大学を卒業して就職した頃、世界の時価総額トップ50のうち32社が日本企業でした。現在では、GAFAMの時価総額の合計が残念ながら東証一部上場企業の時価総額のそれを上回り、時代は全く違う社会に突入しようとしています。

私が一番の問題だと思うのは、投資家を含む日本国民にはこの変化が見えていないのではないかということです。日本と世界の違いは、世界にはリスクを取って自己責任のもとに変革に懸けるという投資態度があります。

これは、アントレプレナーをどう考えているかの違いだとも思います。イノベーションを起こせるのはアントレプレナーです。米国では、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなどがイノベーションを起こす時、様々な問題を突破していくという彼らの思いをキャピタルマーケットが応援しています。

いま、サンセット条項 (※1)があるものの議決権種類株式は海外市場では上場の常識となっています。また、SPAC (※2)など新しいものがどんどん出てきています。これが意味するのは、投資家が引受証券会社の審査よりもアントレプレナーを信じるということだと思います。つまり、キャピタルマーケットそのものがイノベーションとグロースを応援する仕組みになっていて、リスクマネーが集まり、新たな技術や市場に懸けるという動きが生まれてくるのです。

もう一つの課題としては、米国と中国の問題があります。中国の台頭により、中国企業が米国市場に上場せず香港市場にのみ上場する時代がくるでしょう。そういう状況のなかで、日本の資本市場がリスクマネーを提供し、イノベーションを後押しするようになっていてほしいと思います。敢えて言いますが、従来のように製造業だけで生き残れる時代は終わり、既にソフトウェアの時代に入っています。しかし、日本はこれまで、あまりにも製造業重視型で安全ばかりを追求してきました。こうした日本社会に残る無謬性の原則が衰退の原因になるのではと、私は非常に危惧しています。

また、私は、アントレプレナーはベンチャー起業家ではなく実業家だと思っています。そして、JPXを中心に、実業家を育てるキャピタルマーケットとして精度を高めていってほしいと期待しています。そうなるには、まだ様々な課題があります。例えば、アントレプレナーに対して株主としての議決権の行使を広く認めているのが世界のマーケットです。SPACが解禁されると、もちろん失敗もあるでしょう。しかし、そうした積み重ねの中から次世代のテスラが生まれてくるようなダイナミズムを、JPXが中心になってどのように創っていくのかが課題です。そして、例えば中国企業が米国市場でも香港市場でもなく、日本市場に来たいと思うような市場にしていってほしいです。

※1「サンセット条項」:定期的に買収防衛策や種類株式の適否を株主に諮る仕組みのこと。
※2「SPAC」:未公開企業の買収を目的として上場する会社。被買収企業にとっては自らの上場までの期間が短縮化できる利点がある。米国で急増しており、日本でも解禁の是非が議論されている。

(左)清田 瞭 様(株式会社日本取引所グループ取締役兼代表執行役グループCEO)

日本の潤沢な金融資産をリスクマネーにするために

齋藤:証券会社の立場から個人投資家目線で申し上げると、夢のある経営者の話をもっと聞きたいというニーズもあると思います。アナリストや機関投資家とは違って個人投資家にはそのような機会が少なく、アナリストレポートや報道記事で決算情報を見ているだけで、企業のビジョンや歩みがなかなか伝わりづらい部分があると思います。JPXはその部分でも力を入れていますが、清田さんは新興市場の課題をどのようにお考えですか。

清田CEO:確かに、日本社会は失敗を許さないというカルチャーが長い間ありました。そのカルチャーの中では、投資においても「失敗しないために」という観点で判断してしまいます。昭和40年不況の痛みから復活するまでに何十年もの時間がかかったのに、復活できたと思ったらバブル崩壊でまた痛みを感じるという流れを経験したので、日本の投資家はなかなか思い切った投資をしようという状況になりませんでした。

徹底した投資家保護の恩恵は確かにありますが、世の中を開いていくチャレンジが起こりにくいという三木谷さんのご指摘は、市場運営者として我々も反省しなければならないと思っています。

ただ、リーマンショックの後、日本でも規模は小さいですが、IPOをする企業が増えており、リーマンショック直後の2009年は19社まで落ちていましたが、2020年は102社が上場しています。中でも、特に、マザーズに成長力の高い企業が入っており、昨年も過半数の63社がマザーズで上場しました。

1999年にマザーズがスタートして以降、722社が上場しました。現在、そのうち230社は東証1部に上場しています。GAFAと比べるとまだ比較になりませんが、マザーズはそれなりに企業を育ててきているといえると思っています。マザーズ市場は、シンガポールや香港の新興市場と比べると上場数は同等でも規模は非常に大きく、健闘しています。起業家にチャンスを与えるマーケットであることは確かだと思います。

一方、日本には、個人だけでなく法人の金融資産も多いと言われているにもかかわらず、リスクマネーが少ないことは事実であり、金融資産をリスクマネーにするための努力が必要だと思っています。ゼロ金利・マイナス金利でも金融資産の5割以上が預貯金となっている日本では、まず投資とは何か、起業とは何かを知ってもらう仕組みが必要です。資本市場を活性化するためには、JPXと証券会社、JANEと連携して起業家育成や投資家教育に取り組んでいければと思っています。

齋藤:JPXとJANEがタッグを組むことによって、新たなアイディアなどが生まれると思いますが、三木谷さんはどうお考えですか。

三木谷:
SPAC の解禁は大きなポイントになります。また、これはJPXのお考えとは違うかもしれませんが、世界の標準は種類株になっています。ですから新しい3市場に加えて「種類株市場」を作っていただきたいです(笑)少なくとも、アントレプレナーの力を信じるような市場を作っていただきたいですね。

スタートアップ支援のカギは、目利きの実績をデータ化して蓄積することにある

清田CEO:SPACについては2008年に当時の東証でも研究したことはあったようですが、日本に目利きとして実際に投資判断できる人がどれほどいるか分からず、詐欺的行為が行われる可能性も危惧されて見送られた経緯があります。

しかし、米国のSPACを見ると、ベンチャー企業を発掘し投資してきた目利きとしての実績を評価して、その人が経営するSPACには資金を出すという流れが定着しています。その中ではもちろん失敗もあるかもしれませんが、大成功したものが相当数出ています。つまり、日米には実績をデータ化して蓄積している社会か否かの違いがあると思います。また、リスクマネーを生み出す何らかの道を作らねばならないとすれば、種類株は一つの考え方だと思います。

三木谷:いまお話を伺っていて思ったのは、2つ問題です。一つは日本にはベンチャー企業がスケールする仕組みがないことです。米国にはベンチャーキャピタルがいて、投資対象企業の役員となり、経験のある経営者を引っ張って来るという、ベンチャー企業が拡大する仕組みがあります。

日本では経営力のある方が大企業に多くいらっしゃるので、そういう方が退職後にSPACを作り、そのビジネス遂行力にお金が集まり、ベンチャー企業の持つアイディアが組み合わさる形になるでしょう。そうなれば、イノベーションのスピードも加速すると思います。つまり、規模の大きい新しい形のベンチャーキャピタルのようなイメージです。

清田CEO:日本にもベンチャーキャピタルがありますが、基本的に小規模で、米国のように未上場でも大きな資金を調達できる仕組みがありません。だから小さくても上場できるマザーズを創っているという背景がありますが、一方でマザーズが上場し易いがために大きく成長する前に上場して成長チャンスを逃しているかもしれません。

米国ではユニコーン以上の企業がSPACの対象となっていますが、日本でユニコーン以上の企業に買収を仕掛けようと探しても、そもそも、その規模の対象企業がいないという状況になる可能性もあります。

新経済連盟(JANE)幹事/齋藤 正勝(auカブコム証券株式会社 代表取締役 )

意欲ある若い経営者にチャンスを掴んでもらいたい

齋藤:楽天やサイバーエージェントのような企業を生み出すために、JANEがJPXと組む意味はあると思います。個人投資家も含め、大きな未来ビジョンを聴けるような場が今はないので、それを作って個人投資家を導けたらと思いますが、いかがですか。

三木谷:2000年のネットバブルの崩壊時に楽天もアマゾンも株価が急落しました。しかし、米国の経営者たちはぶれなかったですね。世界と日本では見えている未来にギャップがあると思いますし、私はそれはが極めて危険だと思っています。ですから、成長とは何を意味するのかといったテーマのセミナーや、大きな未来ビジョンを発信していくプラットフォームをJPXとJANEとで一緒に作るのは良いかもしれません。

清田CEO:JPXとしても、上場したいという企業経営者がいれば出向いて必要な説明をしています。他方で既に上場した企業経営者が、その経験やノウハウをこれからの経営者に伝える場はなかなかありません。JANEと協力してそのような場づくりができるといいですね。またJANEの企業の皆様にJPXから上場に関してご説明する機会があれば、喜んでやります。
意欲のある若い経営者が生まれてきているので、チャンスを掴んでもらえるようにしていきたいですね。

三木谷:是非やりましょう!齋藤幹事に責任者になっていただきます(笑)

齋藤:JANE幹事として新興市場の発展に役立てるならお引き受けします(笑)JANEにはユニークな経営者がたくさんいますから、JANEとJPXがつながって投資家に発信するメディアのような役割が必要だと思います。そこにファイナンスが付いてくる形があっても良いと思います。

清田CEO:新規上場銘柄に投資するのは一部海外を除くと個人投資家中心です。個人投資家の多くは、初値で売って利益を確定させ次の銘柄を探すというオペレーションが中心ですから、それだけでは新興市場から大きな企業を育てていく雰囲気にはなりません。デジタル化や脱炭素社会に向けて政府が本腰を入れて取り組み始めた今は、これから起業する方にとってはチャンスだと思います。そうした認識のもとで、JANEの会員企業の方々にはご協力いただきたいですし、私たちも協力させていただきます。

三木谷:ダイナミックな経営をするためには、十分なエクイティクッションも必要だし、アップサイドリスクを理解してもらうことも必要ですね。重要なことは、コロナ禍や脱炭素社会への動きによって加速する今まで以上のビッグバンが社会に起こるのだという機運を、機関投資家も個人投資家も夢と捉えてほしいということです。日本の風潮では、変化の中で自分の持っているものをどう守ろうかという考えが少なくないと思いますが、攻めるためのリスクマネーがイノベーションを起こしていくベンチャー企業に流れるようにするには、どうするのかということを考えるのも、JPXのミッションの一つではないかと、勝手ながらそう思っています(笑)。大変僭越ですが、その面でJANEとしてもJPXにご提案させていただきたいと思います。

齋藤:今日はこの対談を企画できて本当に良かったと思います。お二方ありがとうございました。

■登壇者(※役職はイベント開催当時のもの)

清田 瞭 様(株式会社日本取引所グループ取締役兼代表執行役グループCEO、株式会社東京証券取引所 代表取締役社長)
1945年5月6日福岡県生、69年3月早稲田大学政治経済学部経済学科卒、74年6月ワシントン大学経営学修士(MBA)取得。69年4月大和証券株式会社(現株式会社大和証券グループ本社)入社。97年10月同代表取締役副社長、04年6月株式会社大和証券グループ本社 取締役副会長兼執行役兼株式会社大和総研理事長、08年6月大和証券グループ本社 取締役会長兼執行役、11年6月同名誉会長を経て、2013年6月株式会社東京証券取引所 代表取締役社長(株式会社日本取引所グループ 取締役)。2015年6月に株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO(最高経営責任者、現任)

株式会社日本取引所グループ https://www.jpx.co.jp/

新経済連盟(JANE)代表理事/三木谷 浩史(楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長)
1965年神戸市生まれ。1988年一橋大学卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1993年ハーバード大学にてMBA取得。日本興業銀行を退職後、1996年クリムゾングループを設立。1997年2月株式会社エム・ディー・エム(現楽天グループ株式会社)を設立し、同年5月インターネット・ショッピングモール「楽天市場」を開設。現在、楽天グループとして、Eコマース、フィンテック、モバイル、デジタルコンテンツなど多岐にわたる分野で70以上のサービスを提供する。また、2011年より東京フィルハーモニー交響楽団理事長を務めるほか、2012年6月に発足した一般社団法人新経済連盟の代表理事を務める。2016年には、イルミノックス®プラットフォームと呼ばれる新しい技術基盤を基に、医薬品および医療機器の開発を行う、楽天メディカル社(当時アスピリアンセラピューティクス社)の会長に任命され、2018年より同社CEOも務める。

楽天グループ株式会社 https://corp.rakuten.co.jp/

新経済連盟(JANE)幹事/齋藤 正勝(auカブコム証券株式会社 代表取締役 )

1966年生まれ。89年多摩美術大学卒、野村システムサービス株式会社入社。93年第一證券株式会社へ転職を経て、98年伊藤忠商事株式会社へ入社し、オンライン証券設立プロジェクトに参画。99年日本オンライン証券を設立し、情報システム部長として入社。2001年4月に、カブドットコム証券(旧オンライン証券)執行役員情報システム部長に就任。最高業務執行責任者、代表取締役COOを経て、04年より代表執行役社長。2019年12月にauカブコム証券株式会社発足、代表取締役社長に就任。

auカブコム証券株式会社 https://kabu.com/default.html

【主催】一般社団法人 新経済連盟
【後援】株式会社日本取引所グループ
    株式会社東京証券取引所
【協賛】株式会社みずほフィナンシャルグループ
    楽天グループ株式会社
    auカブコム証券株式会社
    大和証券株式会社
    株式会社三井住友銀行

文・編集/新経済連盟 広報部
https://jane.or.jp/

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