新経済連盟(JANE)幹事/船津 康次(トランスコスモス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO)
1985年の創業以来、優れた「人」と最新の「技術」を融合することで付加価値の高いサービスを提供してきたトランスコスモス株式会社。その事業の原点は、人と技術を「仕組み」で融合することです。
デジタル技術の進展に伴う事業環境の変化に対応し、お客様の変革を支援するためのよきデジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」)パートナーとなり、運用支援を行っています。
JANEで、教育改革プロジェクトチーム(以下、「教育改革PT」)のリーダーでもある船津康次幹事に、教育改革PTの取り組みやその成果、また2019年から文部科学省(以下、「文科省」)が打ち出した「GIGAスクール構想」などについてお伺いしました。
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
取材日;2020年7月1日
目次
1.外国語教育とプログラミング教育の提言にJANEが力を入れる意義
2.世界に遅れをとる教育現場でのIT化、未来に対してどのような準備をするのか
3.多様な環境に置かれた子どもたち全員に、創造性を育む教育環境を持続的に実現する構想
4.未来を担う子どもたちに最高の教育環境を
外国語教育とプログラミング教育の提言にJANEが力を入れる意義
-JANEでは2015年に「教育改革PT」が発足しました。これまでの取り組みについてお聞かせください。
教育改革PTをスタートした2015年は、学習指導要領の改訂が数年後に迫ってきた頃でした。学習指導要領の改訂は10年に一度実施されており、2020年の改訂では社会変化に対応した内容を盛り込む構想がありました。
JANEでは、従来掲げてきたグローバリゼーション、イノベーション、アントレプレナーシップという3つの観点を踏まえて、英語教育やプログラミング教育の充実に向けた施策を提言しました。日本では中学、高校、高校卒業後と10年近く英語教育が行われていますが、英語でのコミュニケーションスキルには結びついていないのが現状です。また、世界では、イノベーションを起こす人材の育成のため、STEAM教育やプログラミング教育を導入する流れが起きており、ITをうまく活用しながら、「教える」「学ぶ」という分野についてイノベーションが起きています。これらに対する問題意識から、小・中学校の学習指導要領に「使える英語」につながる英語教育やプログラミング教育を盛り込むことを私どもの目標とし、提言活動を行ってきました。
2017年にはプログラミング教育を学習指導要領に含める方向性が定まり、「未来の学びコンソーシアム」(以下、「同コンソーシアム」)と称し、文科省が音頭をとって、総務省、経済産業省の三省から成る合同プロジェクトが発足しました。同コンソーシアムの運営協議会委員としてJANEから私が参加させていただきました。このコンソーシアムにおいて、プログラミング教育の確かな実装に関する方策を練り上げています。
議論の焦点は、プログラミング教育をどのように実施していくかということです。2020年からの始動に向けて、特に、どのようなコンテンツで実施していくのかについて議論を重ねてきました。プログラミングに関する教科書の出版やコンテンツ作成のノウハウを民間からも取り入れながら進めてきました。まだ議論は続いておりますが、この秋からの本格導入を目標に活動しています。
同コンソーシアムの活動と並行し、JANE内でも各省庁のキーマンを招待し、教育改革PTのメンバーと勉強会を開催しています。また、2019年9月には特定非営利活動法人「みんなのコード」と協力し、東京大学とJANEで世界中から先進的な教員約100名を集めて、情報教育の先進的な事例を共有し合うカンファレンスを開催しました。「みんなのコード」は「全ての子どもがプログラミングを楽しむ国にする」をミッションに掲げ、プログラミング指導教員の育成を中心に、プログラミング教育の普及活動を行っている団体です。カンファレンスにご参加いただいた教員の方々は皆、教育現場のIT化に前向きです。強いパッションをもって、教育現場のIT化に向けて先進的な取り組みをしている教員の方々をサポートしていくことは我々の使命の一つと考え、精力的に活動範囲を拡大しています。
世界に遅れをとる教育現場でのIT化、未来に対してどのような準備をするのか
-日本の教育現場におけるIT化についてどのようにお考えでしょうか。
あらゆるものがITで動く時代を生きる子どもたちにとって、教育においてもIT技術の活用は必須です。学校教育現場で、特に小・中学校の現場では全くと言っていいほどITが活用されていません。そのような状況で、学校の校務も含めてDX推進を提唱すると、教育現場からは「IT化と外国語教育とプログラミング教育を一度に推進していくのは大変だ」との声が上がるのが実情です。ただ、教育現場でIT化を推進すると、教育そのものに深みが増し、レベルの高い教育の提供が可能となり得ます。未来に対してどのような準備をするのかという観点で考えたとき、教育改革についても、始めるときが大変なことは分かるけれどもITをもっと活用しなくてはいけないと思っています。が、しかし、これがなかなか思うようには進みません。私ども(JANE)はコロナ問題の前からDXを推し進めましょうと提言し続けてきましたが、ようやく昨年になって文科省が「GIGA(Global and Innovative Gateway for All)スクール構想」を打ち出しました。
教育現場において積極的にITを導入している好例は、N高等学校(以下、「N高」)ですね。N高は学校法人角川ドワンゴ学園が創るネットと通信制高校の制度を活用した新しいシステムの高校です。ここではすべての授業がオンラインで受講可能で、どこにいても学ぶことができます。世の中には、様々な事情で登校が困難な状況にある子どもたちや学業以外にも情熱を持って取り組む夢がある子どもたちがおり、彼らが置かれている環境は多様です。N高では、そのような子どもたちを、画一的に通学という同じシステムの中で教育するのではなく、自主性を重んじ、自ら学ぶ環境を、ICTを活用することで構築し、多様性を受け入れる、しなやかな学校運営を実現しています。2020年4月の時点では約14,700人 が学んでいるとのことです。
N高設立の根幹には、子どもたちが自ら自分の人生をデザインする、人生設計する、という考えがあります。N高の運営母体である学校法人角川ドワンゴ学園理事の川上量生さんは、既存の高校を卒業するのに必要な学業内容はもっと短い期間で修了可能だ、と仰っています。学業の効率化を図れば、並行して子どもたちの好きなことができる、という考えです。実際にN高にはスポーツや料理に熱中している、ファッションやアート等何かに強く興味を持った生徒たちが集まっていて、学業と並行して充実した毎日を送っています。
これぞダイバーシティーですよ。色々な学びの形があっていいし、それが社会に出る際のヒントやモチベーションになったら素晴らしいですよね。単にインターネットを介して授業を受けて高校卒業資格を得るサイバー学校ではなく、多様性を受け入れ、新しい価値を創造し、自ら学び習うことを実践している学校です。
多様な環境に置かれた子どもたち全員に、創造性を育む教育環境を持続的に実現する構想
-文科省が打ち出した「GIGAスクール構想」について、船津さんのお考えをお聞かせください。
小・中学校の教育現場のIT化を推進するには二つの構造的な課題があると考えています。文科省が学習指導要領を考えるのですが、この改訂が行われるのは10年に一度です。世の中が変化するスピードが加速しているにも関わらず、長期間改訂が行われないのです。これが一つ目の課題です。次に、文科省が学習指導要領を改訂したとしても、学校というインフラは1,727(2020年7月1日時点)ある自治体の管轄下にあり、新しい施策やコンテンツ実施の可否は自治体の教育長や議会に権限があります。よって自治体ごとに教育内容の格差が大きく、人間の基礎能力を高める義務教育という社会の一番重要なインフラが格差なく公平に整っていないのが現実です。これが二つ目の課題です。
このインフラの部分について課題を解消していくという事業が、「GIGAスクール構想」だと考えています。文科省が旗振り役となり、生徒一人当たり一台のパソコンと、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、多様な環境に置かれた子どもたち全員に、創造性を育む教育環境を持続的に実現する構想で、まさに多様性を受け入れICT教育で次世代の人材を育てる取り組みといえるでしょう。このようなインフラ構築に紐付いた予算が用意されているので、インフラ導入を実施しない自治体に住民が気づけば「なんでやってないの?」と言える実効性の高い仕組みになっています。文科省は2020年5月に「GIGAスクール構想」に関するオンライン説明会を開催したところ、1万以上のアクセスがありました。このことから見ても影響力も注目度もあり、やり方としては成功していると思います。これらに加え、コロナ危機を契機に、2023年度を予定していたオンライン教育の重要性が再認識され、「一気に進めよう!」という機運が高まってきました。
一方で、現状では教える先生がいない、どうやって教えればいいかわからない、といったヒューマンリソース不足の声も聞かれます。「GIGAスクール構想」はあくまでも建て付けの話であり、この構想に、より適切なコンテンツをどのように実装していくかを並行して考えねばなりません。生徒一人一台のパソコンと高速大容量通信ネットワーク環境構築というハード面と既存コンテンツのアレンジと新規コンテンツの作成というソフト面、さらには運用上の課題を解決できるアドバイザーやサポーターという指導体制、これら三位一体で推進していくことが非常に大切だと考えています。
未来を担う子どもたちに最高の教育環境を
-教育改革PTの今後の展望と教育改革におけるJANEの意義をお聞かせください。
「GIGAスクール構想」実現に向けて、官民協力体制の中、プロジェクトをしっかり支えることが教育改革PTの使命だと考えています。JANEの活動の肝は、JANEから見える世界の未来像を、見えていない人たちに訴え続けることだと思いますし、それこそがJANEの存在意義であると考えています。
「GIGAスクール構想」下におけるICT環境整備後にも、例えば教員の資格制度を変えなければならない、学習指導要領の抜本的改革が必要になるかもしれない。未来を担う子どもたちにより良い教育環境を提供するために、教育改革PTとして引き続き必要な活動を継続するべきだと思います。将来を担うのは私たちではなく子どもたちで、これからの世界は現在の子どもたちがつくるのです。我々を取り巻く環境の変化のスピードが加速しているにも関わらず、日本のDXへの取り組みは後手後手に回っている印象です。コロナ禍では、リモートワークや遠隔教育へ移行する中国や韓国の迅速な対応が頻繁にメディアに流れましたよね。あのシーンを観て、日本がいかに遅れているかが自覚できたと思います。
文科省はこれまでもICT化を推進してきましたが、腰の重い自治体にその必要性を丁寧に説明しなければならない状況でした。ところがコロナを機に状況は一変したようで、逆に文科省が自治体にデジタル化しない理由を問えるようになった、という話を関係者から伺いました。
また、多くの民間企業が「GIGAスクール構想」の参画に名乗りを上げていますね。児童は約978万人、教員は約67万人(2017年文科省統計要覧) です。その向こう側に保護者がいて、自治体がある。多数のステークホルダーを抱える壮大な構想です。実現のために私どもは、JANEのリソースとノウハウを最大限に活用し、JANEが考える、未来のあるべき教育の姿の方向性を示し、活動し続けることで、同プロジェクトの一端を担い続けていきます。
- ありがとうございました。
船津 康次(トランスコスモス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO)
北海道大学心理学学士、ダブリン大学大学院経済学修士。
1981年(株)リクルート入社。
1998年トランスコスモス(株)入社、事業企画開発本部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長、代表取締役社長を歴任 。
2003年代表取締役会長兼CEOに就任、現在に至る。(株)KADOKAWA社外取締役、(株)ディー・エヌ・エー社外取締役、(社)日本コールセンター協会理事、(社)日本経済同友会幹事、(社)日本中華総商会理事、(社)新経済連盟幹事、教育改革PTリーダー も務める。
トランスコスモス株式会社 https://www.trans-cosmos.co.jp/
文・編集 / リエゾン株式会社 広報コンサルタント 武元智絵(たけもと・ともえ)
時事通信社、フライシュマン・ヒラードなどを経て渡豪。豪Entrepreneur Education/Diploma of Business修了。帰国後、広報コンサルティングを手掛けるリエゾン株式会社に参画し、PRプラン立案やライティングなどを担当。
リエゾン株式会社 https://www.liaison-corp.com/