【後編】freee 佐々木 大輔×スマレジ 山本 博士「上場を果たした2人のSaaS経営者が目指す先とは?」

上場を果たした2人のSaaS経営者が目指す先とは?【後編】

新経済連盟(JANE)幹事/佐々木 大輔(freee株式会社 CEO)
新経済連盟(JANE) 会員/ 山本 博士(株式会社スマレジ 代表)

Head x Head – 新経済連盟(JANE)会員企業の経営者=「ヘッド」同士が語り合う新企画です。第一回目のゲストはfreee株式会社の 佐々木 大輔 CEO(JANE幹事)と、株式会社スマレジの 山本 博士 代表。ともに2019年に東証マザーズに上場し、日本のSaaS分野で大きな注目を集める企業経営者です。そのお二人に、互いのビジネスへの印象、ブランドデザインへのこだわり、また新型コロナウイルスがもたらす影響からJANEが今後果たすべき役割まで、幅広く語り合っていただきました。今回は、その後編です。(前編はこちら

−お二人とも基幹サービスのコードを自ら書いた実績をお持ちです。事業の立ち上げ時が一番楽しかったと言う経営者が多いと思いますが、初期とは明らかに違う環境で、ご自分のモチベーションをどう維持していますか?

山本: 確かにスマレジを作っていたときは楽しかったですね、生み出すときの楽しさというのは、やはり特別なものがあると思います。いまは確かに現場との距離が多少ありますが、それはそれでやはり学ぶことはあります。僕の場合は、上場を経て企業経営に本格的に興味が出てきた感じがしています。それで、実は昨年から大学院で学び始めまして、この4月から本格的にMBAの取得を目指して取り組んでいます。いまさら学生なんて少し恥ずかしいですけど、いまはそれも楽しんでやっています。

佐々木: 僕もプロダクトをリリースするまで9か月間ぐらいコードを書いていました。やはりその頃が一番楽しい時期でした。他の仕事と違ってやればやった分の成果が確実に出ますからね。ちなみに、freee社内では「佐々木が書いたコードを消す」というのが、エンジニアたちが盛り上がるイベントになっています。「消してやったぜ!」という感じで(笑)。

それで、ある期間はずっと開発ばかりしていたので、もともと苦手ではなかった経営者としての交渉ごとや仲間づくりの感覚がすっぽり抜けてしまって、その感覚を取り戻すのに時間がかかったことを覚えています。その後、社員が30~40人ぐらいになったとき、「佐々木さんは現場のこと分かってないから口を出さない方がいい」と言われたこともありました。その時は、「プロの経営者を招いたほうがいいのかな?」とも考えたものですが、結局は自分たちの会社の組織やカルチャーを明文化して行く方向で乗り越えることにしました。そうすることで、組織みんなで大事にしていくものが浮き彫りになってきた感じです。

ですから、いま経営者として理想としているのは、交渉ごとや仲間づくりだけじゃなくて、「僕たちはこれを大事にしている組織だ」ということを社内で打ち出し、そこに人が集り、共通点を追求し、そして良いアウトプットが生まれるという形です。「ああ、うまく回っているな」と感じる成功体験も出てきているので、いまはその楽しさを感じています。昔と違って現在は、とにかく面白いことや新しいことが凄いスピードで同時に起こります。そのフェーズ毎に楽しみを押さえることが経営者として大事だと思っています。

具体的な業務としては、既存事業はCOOに任せて、僕自身は中長期的に育てたい顧客セグメントをかかりっきりで見ています。その点では、どこか現場に戻るようなことをしているのかもしれません。既存事業はプロダクト戦略を含めCOOが回すほうが良い成果が出るし、CFOは広報・IR・人事がメイン、CDOはエンジニアや組織づくりを担います。このメンバーが主要な経営チームで、そこにエンジニアがいることがfreeeの特徴です。「ビジネスとエンジニアが一緒にやっていく」ことを打ち出している会社なので。エンジニアに成長機会を提供して、働きやすい環境にすることはとても重要です。

freee株式会社の 佐々木 大輔 CEO(JANE幹事)

山本: クリエイティブな領域も開発系が担うんですか?

佐々木: そこは徐々に変わってきています。会計ソフトfreeeを育てていく期間はやらなきゃならないことが明確でしたから、エンジニア個人が課題を見つけて開発する方が効率良くできました。ただ、顧客セグメントが広がった今は、プロジェクト管理の数が増えて、技術的な課題も高度化していますから、課題分析チームも置いています。スタートアップ時と違って、レスポンスの早さだけではなく、拡張性が保たれているかといった点でもエンジニアの腕が試される段階になったと思っています。

山本: 佐々木さんには、こういった組織論をもっとお聞きしたいです(笑)。会社としてのスマレジは、freeeと比較すると規模が小さいので、開発のウェイトが非常に高い、エンジニアリッチな会社です。開発部がウェブ集客やマーケティングを担当していて、マーケティング施策を通してリードを確保しながら、コールセンターからのフィードバックを受けて新しいものを作るのが基本です。

営業も、管理も、とにかく全員がエンジニアだったら無駄な作業がなくなるな、と思うことがよくあります。それで、先日、経営理念を「OPEN DATA, OPEN SCIENCE!」に変えたんです。スマレジはお客さんのデータをお預かりしている。だから、それを数値化して判断しようというのがメッセージです。サイエンティストじゃなくていいから、全社員がデータを測定できるという意識を社内に定着させたいと思っています。

株式会社スマレジの 山本 博士 代表

佐々木: そういうカルチャーや価値基準は大事ですよね。当社の場合は「Hack Everything★」 です。よく「freeeでは誰でもプログラムが書けないといけないんですか?」と訊かれるんですが、そうではなく、仕事の性質やツールの本質をとらえて効率化してほしいという意味です。「私はエンジニアではないから」とか、「難しいからあきらめる」というようなことを美徳とする風潮が日本にはあると思うのですが、それはよくないと思っています。もっとチャレンジを促進したいですね。

山本: それは本当によく分かります。営業担当者にプログラミングしてほしいわけじゃないんですよね。しかし、スプレッドシートに数字入れるだけなら営業職にもできます。そういう小さな成功体験をしてほしいなと思っています。「それ分かんない」と思考停止に陥るのではなく、「あ、これだけでこんなに便利になるんだ」ということを啓発したり、意識付けしたりしたいなと思っています。

−新型コロナウイルス感染症拡大の影響について、働き方の面、そして今後の事業展開の面から教えて下さい。SaaSへの注目が高まっていますが、今後も「選ばれるSaaS」であり続けるためにどのような戦略を描いていますか?

佐々木: 「スモールビジネスを、世界の主役に。」というのが僕たちのミッションです。そのもとで、できることをやる、それに尽きると思います。国内では在宅勤務率は3割に届かない状況ですが、freeeでは出社禁止を宣言して既に1.5ヶ月になり、在宅勤務率は99%以上を実現しました。これを実現する上での課題の解決方法等を、これから世の中に発信していきたいと思っています。

もうひとつは、やはりサービスの安定稼働と進化です。会計・人事・労務に続き昨日(注:4月20日)にはプロジェクト管理の新サービス「プロジェクト管理freee」をリリースしました。ユーザーの期待に応えることに引き続きコミットしていこうと思います。「選ばれるSaaS」であり続けるために、プロダクトごとに指標をいくつか定義しているのですが、会計ソフトの場合は「入力せずに自動でデータが入るかどうか」を重要な指標のひとつに置いています。freeeのようなソフトウェアの場合、ユーザビリティ的な性能が上がれば、そこからまたイノベーションが生まれ、よりよい組織が作られます。そうした良いサイクルを回すことに取り組んでいきます。海外でもやりたいですが、日本でクラウドは全体の15%程度しか普及していません。まずは日本でクラウドが当たり前になるように、そこをしっかり作りきることが大事だと思っています。

山本: スマレジの場合はお客様に飲食店も多くて、やはり皆さんかなりしんどい状況です。インバウンド関連や小売店も同じ状況です。先程も言いましたが、僕は個人的にもお客様と近いところにいて、そうした個人商店等に知り合いが多いので、直接コミュニケーションをとって状況を逐一把握するようにしています。それを他の個人商店さんにシェアして、皆で乗り越えられるように動いているのがこの1〜2ヶ月の状況です。お店を閉めてしまうと売上は0円になって、スマレジも不要になります。であれば、状況によってはスマレジも月額利用料0円にして、できるだけ多くのお店が何とか一緒に乗り越えていけたらと思っています。

会社としてのリモートワークは初めての試みで、ようやく8~9割がリモートになりました。そこから生まれてくる課題がソリューションに置き換わればと思って、いまはその変化を観察している状況です。その過程で、社内にもしんどい思いをしている人がたくさんいることがわかってきました。生活環境が変わってストレスを感じている人が多い。そこで、スマレジでも社内ラジオを開設するなど、まだまだ試行錯誤ですがコミュニケーションを工夫しています。「withコロナ」や「afterコロナ」という言葉が生まれていますが、会社としてはあまり動揺せず、着実にやり続けるしかないと思っています。「選ばれるSaaS」であるために大事なことは「サービスが価格を上回る」ことだと思っています。混沌とした中でも、質の高いサービスを提供し続けることが大事だと思っています。

対談当日の様子

−今回のコロナ禍を通じて、日本社会全体のデジタル化が急務だということが改めて浮き彫りになりました。この分野に関するJANEの政策提言活動にお二人は何を期待し、何に取り組みたいとお考えですか?

佐々木: 僕はfreee個社でできることを超えて「クラウドで完結する社会をつくる」ということを個人的なミッションに掲げています。ビジネスの大小格差をなくし、働く場所がたとえ遠くても同じインパクトが出せる。こういうことが大前提になるようなインフラを作る。これをいかに実現するか、JANEはそれに取り組む場だと思っています。

政府の電子化、行政手続きの電子化、それに準ずる例えば銀行振り込み等の電子化も大きな課題です。世の中から紙やハンコが必要な手続きがひとつでも残っていると、ユーザー体験は低いところに合わせるので、ずっとその手続が残ります。紙での書面の保管が義務付けられていたり、一部業務は在宅でできないものもあります。こうしたことひとつひとつをオンラインで完結できるようにしたいですし、阻害するものをJANEで取り除いていけたら、その後は民間の力で広めていけると思っています。

山本: そうですね。例えばスマレジを使っているお店がお客様から「領収書をください」と言われると、当然ながら紙で領収書を出します。しかし、その領収書をもらった人は自分の会計ソフトに打ち込んでデータにするわけです。デジタルデータを紙で出した後にまたそれをデジタル化する、という無駄なことが普通に行われています。電子保存が認められればこういうことも解決できると思うので、本当にどうにかしたいと思っています。

実は先日、財布をなくしたんですが、一番不安になったのは運転免許証です。免許証のような個人情報が満載のモノを常に持ち歩いていることに違和感を感じました。免許を取得しているデータは国にあるはずなのに、なぜ個々が携帯する必要があるのか。こうしたことは、政府が悪いと言うだけではだめで、政府が一度作った仕組みは常にアップデートし続ける必要があると、人々が認識しなければなりません。その仕組みを提案するのは個人や一企業では難しいですから、その点でJANEに期待していますし、スマレジも会員として貢献していきたいと思っています。

<前編はこちら>

佐々木 大輔(freee株式会社 CEO)
一橋大学商学部卒。データサイエンス専攻。実家は下町の美容院。
博報堂、株式会社ALBERTにてCFO(最高財務責任者)を経てGoogleにて日本およびアジア・パシフィック地域での中小企業向けマーケティングを統括。Googleで感じた社会課題を解決すべく2012年7月 freee 株式会社を設立。趣味はランニングと娘と食とビールと海で浮かぶこと。
日経ビジネス 2013年日本のイノベーター30人 / 2014年日本の主役100人/Forbes JAPAN 日本の起業家BEST10に3回選出。2019年殿堂入り。
著書に『「3か月」の使い方で人生は変わる Googleで学び、シェア№1クラウド会計ソフトfreeeを生み出した「3か月ルール」』(日本実業出版社)がある。

freee株式会社: https://corp.freee.co.jp/

山本 博士(株式会社スマレジ 代表)
2003年よりITエンジニアとして多数の業務システム開発に従事。これまで関与した開発は、金融・通信・物流・保険・製造・サービスなど多岐に渡り、アプリコンテスト審査員や書籍執筆なども経験。複数の業種をまたいだ業務知識を持ち、過去の経験を裏付けつつも既成概念にとらわれない斬新なアイディア立案を得意とする。2011年 株式会社プラグラム代表に就任後、過去ドラッグストア向けPOSシステムを開発した経験を元に、クラウド型POSレジサービス「スマレジ」を立ち上げる。

株式会社スマレジ: https://corp.smaregi.jp/

文・編集 / 堀圭一(新経済連盟 事務局次長)
アジアフォーラム・ジャパン主任研究員、英国王立防衛安全保障研究所アジア本部理事などを経て、2018年6月から現職。

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