ホッピービバレッジ・石渡美奈×出前館・中村利江「ホッピーが出前館で届く日も近い?新しいライフスタイル作りに挑む二人の経営者」

Head x Head(ヘッド・バイ・ヘッド)- 新経済連盟(JANE)会員企業の経営者=「ヘッド」同士が語り合う対談企画。2回目のゲストは、JANE幹部の中では数少ない食品・外食関連産業から、ホッピービバレッジ社長の石渡美奈幹事と出前館会長の中村利江幹事です。今回が実質的に初顔合わせとなるお二人に、過去の痛恨の失敗から今後の事業戦略、そしてJANEへの期待や経営者論をストレートに語り合っていただきました。

取材日:2020年5月25日

目次
1.会社を受け継ぐことの難しさ
2.LINEとの提携の意味(中村)/NYでのブランディング(石渡)
3.「オンライン情報共有ミーティング」は有益な機会
4.女性経営者は「女性であること」を言い訳にしてはならない

会社を受け継ぐことの難しさ

-まずはHead x Head恒例、と言ってもまだ二回目ですが(笑)の最初の質問として、お二人にお互いのビジネスに対する印象をお聞きしたいと思います。石渡さんからお願いします。

石渡 今回、中村さんと対談できることをとても楽しみにしていました。同じくJANEで幹事を務めておられる新浪剛史(サントリーホールディングス社長)さんが今朝の新聞(日経MJ・5月25日付)で、「飲料のブランディングは、飲食店から始まっていたが、これからはコンシューマーへ如何に訴求できるかという時代になる。ライフスタイルのパラダイムシフトが起きる」とおっしゃっていました。その点で、中村さんが出前館のサービスを通じてどんなライフスタイルを提案されていくのかとても楽しみにしていますし、出前館のような自宅に商品を届ける業態のみなさんと連携しながら、ホッピーも新しいライフスタイル作りに挑んでいきたいと思っています。

中村 ありがとうございます。私は、石渡さんが受け継いだブランドをここまで大きくされたことを素晴らしいと思っています。跡取りとして有名なブランドを引き継いだ経営者には、会社や事業を小さくしてしまう方も多い印象がありますし、特に女性でここまで成功された方は私の知る限りほとんどいません。その成功の秘訣を今日は是非お聞きしたいです。

石渡 実を言うと、一所懸命に走ってきて目の前のことに夢中になっていたらこうなっていた、というのが本音のところです。私が入社した頃はホッピーのイメージが地に落ちていた時代でした。お客様からの評判も本当に酷くて「絶滅危惧種」と言う人もいたほどです。

祖父が生んで父が人生を懸けて育てたブランドなのに、良いところが伝わらないことが悔しくて。そこで、例えばカクテル的な飲み方を開発したり、プリン体ゼロという点を健康志向の方にアピールしたり、いろいろな切り口を試してみたんです。ちょうどその頃、法改正もあり低アルコール飲料への注目が高まりました。また、映画「三丁目の夕日」がヒットして昭和レトロ回帰のなかでホッピーが取り上げられたり、焼酎人気の再燃だったりと、たくさんの支流がタイミングよく一つになった感じです。先輩経営者の助言をいただいて組織を作り直すなど、私なりに努力もしましたが、祖父と父が作ったものの中に宝があったんだと思っています。私はそれをリメイクしてきただけです。私がブランドを創っていく本当の挑戦はこれからと考えています。

中村 私はたくさん失敗してきたので、そうやって一生懸命取り組んで業績を大きく伸ばした実績は素晴らしいと思います。私たちはこれから二代目と言いますか次の人にバトンを渡すのですが、どういうところに注意したら良いのでしょう?

石渡 私も失敗はもう数え切れないほどしています(笑)。うまく社員も育てられなくて、辞めていった人も数多くおりますし・・・。

-石渡さんは、いま「失敗」とおっしゃいましたが、例えば、ホッピーの沿革には「2006 年2月 工場長加藤木の変」という記載がありますね。ホッピーファンの方には大変有名なお話ですが、改めて教えていただけますか?

石渡 あの日のことは、いまでもよく覚えています。2006年2月1日の全社朝礼の後、当時の工場長であった加藤木氏より「石渡さん、ちょっといいですか」と言われて、辞表を渡されました。「これは自分だけの辞表だけではない。工場社員の総意だ」と。

私は2002年に父から「いつかあなたに3代目のバトンを渡す。心を共にする社員と組織をつくりなさい」と言われました。そこで最初に経営の指南を受けた先生から教わったことを、とにかく会社に持ち込みたくてしょうがなかったんです。その先生からは「急ぐな」と言われていたんですが、急いでしまった結果、父の右腕でもあったその工場長から「三代目かなんだか知らないが、俺の聖域を荒らすな」と言われてしまったんですね。

後継者育成については、私は独身ですから4代目は創業家以外から後継者が生まれると思います。先ほどご紹介した新浪さんの記事には、「自分はサントリーの創業家ではないが、創業家の想いを具現化している」という発言もありました。その考え方は素敵だと思います。創業家ではないからこそできること、理解できること、冷静に見えることもありますから。そして私はそういう方に「この会社なら継いでも良い。石渡からバトンを受け取りたい」と思ってもらえるような会社に、ホッピービバレッジを育てたいですね。それが誰なのかは、まだわかりませんが。

中村 私は社長としては二代目なんですが、ほとんど創業者のようなものです。実際の創業者が本当に変わった人で、私も社史に書いても良いかなと思うぐらいなんですが(笑)、彼がインサイダー事件を起こしたために会社に東京地検特捜部が来たこともあります。こういうことを社員に経験させてしまって申し訳なかったなと思っています。

また、2008年に一度、次の社長にバトンタッチをしたのですが、これが大失敗で、2012年に会社に戻らねばならなくなりました。それから8年が経ち、そろそろ新しい血を入れていかないと会社が変われないと思い後継者を検討したんですが、なかなか「この人」という人に巡り合えなくて。それで今回、LINEという組織にバトンタッチをすることを決断したわけです。これは自分でも良い判断だったと思います。会社がある程度の規模になると、誰か一人に任せるという判断はなかなか難しいので、しっかりとした組織にお任せする形を取ったということです。

株式会社出前館の中村利江社長

LINEとの提携の意味(中村)/NYでのブランディング(石渡)

-日本の外食関連産業は高いポテンシャルを持つ一方、構造的に多くの課題を抱えていると思います。中村さんは、5年先、10年先を見据えた戦略をどう描いていますか?

中村 そうですね。日本のテイクアウトとかデリバリーはグローバルな視点からみるととても遅れていますが、実際にはとても便利ですし、私は日本でもイートインとは別のライフスタイルができるはずだと、ずっと信じてやってきました。そして、コロナ問題以前から、これまでイートインだけに頼ってきた飲食店が、お酒を含め、テイクアウトしたりデリバリーしたりという多様な食べ方・飲み方が拡がるステージに来ていると感じてきました。出前館としては、この流れをしっかりと根付かせて、拡大していくことが大事だと考えています。いまはデリバリーをする飲食店は全体の約3%に過ぎません。出前館ではこれを3年で10%に引き上げることを目標に掲げてきましたが、このコロナの影響で、もしかしたら1年で達成できるかもしれないと思っています。

-LINEとの資本業務提携はその中核に位置づけられるわけですね。

中村 そうです。外食産業の現在の市場規模は約25兆円ですが、イートインからデリバリーにシフトすれば、遠からずデリバリーの市場規模だけで現在の2倍の4兆円まで成長すると私は見ています。そして出前館は流通金額で2兆円を達成したいと考えています。そのための戦略は2つあって、1つは入口の部分。そこでLINEが非常に重要になります。グローバルに見てもスーパーアプリは生活の入口になっています。ヤフーとの統合でLINEはさらに多くの方々にとって一番身近なアプリになると思います。LINE IDで出前館の注文が可能になり、住所入力も不要になりますから、入口はとてもよくなると思います。

もう1つのカギは品揃えです。これまで宅配といえばピザやお寿司が中心でしたが、これからは松屋もマックもケンタッキーも、ミスタードーナツも地元のラーメン屋さんも、あらゆるメニューが出前館でお届けできるようになります。また先程から名前が出ている新浪幹事とのご縁で、お酒についても話が進んでいます。これからは食べ物だけではなく、飲み物も一緒に届く。そうなると、例えば「マックとホッピーが一緒に届く」というようなことも実現できます。この「入口」と「豊富な品揃え」の2つが実現できれば、出前館はどこにも負けないと考えています。

-「出前館xホッピー」は非常にワクワクしますね。石渡さんが描く将来像はいかがですか?数年前から海外でのブランディングに力を入れていますね。

石渡 そうですね、いま「マックとホッピーが一緒に届く」というお話をワクワクしながら聞いていました(笑)。

海外については、私の憧れの街でもあったニューヨークでブランディングを進めています。現地で物件を探すタイミングにコロナが重なり一度ストップしていますが、これまで数年かけたプロモーションの中で、「会社115年、商品72年」というホッピーの歴史は、ニューヨークの方々からとてもリスペクトしていただいています。歴史のあるものをニューヨークでローンチし、そこで一緒に歴史を作りたいと言ってくれる仲間も増えています。

コロナ問題が起きて、当社が社会に何の役に立てるのだろうかと考えてきましたが、やはりホッピーの強みは「人と人をつなげてきた」ことにあると思います。人と人とのつながりの中に、72年紡いできたホッピーの歴史があると。日本もそうですが、ニューヨークではコロナによって人と人とのつながりが一度分断されつつあります。そこで、ホッピーを使って人と人とをつなぐ、さらには日米の文化をつなぐことにも取り組みたいと思っています。

ホッピービバレッジ株式会社の石渡美奈社長

「オンライン情報共有ミーティング」は有益な機会

-JANEは政策提言を通じて新しい経済・企業が生まれ育つ環境を日本に根付かせることを目指しています。お二人は最近の活動をどう評価していますか?

石渡 最近の活動について言うと、コロナ問題を契機に始まった「オンライン情報共有ミーティング」(*毎週火曜日に一般会員の経営層を対象に開催中)は、毎回とても有益で勉強になっています。ここで聴く話は、私の社内での意思決定の重要な指針にもなっていますし、JANEのメンバーで本当に良かったなと思う点ですね。

コロナの後は何が起こるのかという怖さもあります。赤坂だけでもいくつもの飲食店がのれんを下ろしたと聞きます。緊急事態宣言のもとで当社商品の出荷ベースも大変な数字になりました。これから何が起こるかわからない中で経済がどうなっていくのか、足元、将来、そしてグローバル経済の動向を、JANEの中で勉強していきたいと思っています。それを今後の会社経営に活かしつつ、よりよい世界をつくることに共に取り組んでいきたいと思っています。

政策に関する部分では、個人的には特に環境と健康に関心があります。このまま地球温暖化が進んでしまうと地球が壊れてしまうのは明白です。コロナ問題だけにとらわれず、環境問題にも目を向け、手を打っていくことが大事だと思います。健康については、在宅勤務で食生活が乱れたり運動不足になっている方も多いと思います。産業と従業員の健康は密接に関係していますので、心身共に健康であり続けるということにもJANEで取り組んでいきたいですね。

中村 私はJANEの幹事としてはまだ日が浅いですが、すでに2つの大きな成果を感じています。ひとつは、石渡さんも言われたオンラインの「情報共有ミーティング」です。私たち経営者は日々アウトプットに割く時間が多い一方、本を読んだりネットを見たりというインプットする時間がなかなか持てないんです。アウトプットの量と質はインプットの量と質にも左右されるので、新鮮で質の高い情報に触れるのはとても大事だと考えています。この「情報共有ミーティング」は、それを短時間で大量に得られる素晴らしい機会なので、私もJANEのメンバーになってとても良かったと思います。

もうひとつは、JANEの方々とご挨拶や名刺交換、オンライン会議をさせていただく中で、すでに20社を超える経営者の方からご提案をいただきまして、それが新しいビジネスに結びつき始めている点です。会員間でコミュニケーションが図ることができて、また経営トップ同士で話ができると話も早いので、JANEでは新しいビジネスを生み出していけると感じています。

女性経営者は「女性であること」を言い訳にしてはならない

-今日はこの質問はしないつもりでいたのですが、やはり最後に「女性経営者」という視点で一つだけお尋ねします。日本企業のトップや経済団体の役員にはまだまだ女性が少ないという課題があります。経済団体としてJANEに何ができるでしょうか?

中村 私は女性を無理に増やす必要はないと思います。これは複雑で難しい問題で簡単には変わらないと思うからです。例えば日本経済の中心には年齢層の高い男性がいらっしゃるわけですから、まずはその方々の考えや意識が変わらないと全体は変わりません。

また、女性経営者の側にも問題があります。私は、女性であることを武器にしても良いと思いますが、逆に困ったときに「自分は女だから」と言い訳するのはどうかと思います。男性と本当に戦うのであれば、女性である弱みを逃げの手段に使っては駄目なんですが、言い訳に使う人が結構多いですね。そういうスタンスなら、経営者はやめて誰かに仕える立場になるほうが良いでしょう。

女性が不利な立場にいるのは仕方がないことなので、経営者であれば「絶対に弱みは見せない」という強さが必要です。私も「女性社長」と言われ、「女性社長の会」などに呼ばれることもあるのですが、そういうジェンダーだけで括られることは本音では嫌です。そういうところを取り払って、女性でも男性でも、きちんと仕事する人が認められるようにしたいと思っています。

石渡 まったく同感です。私も女性経営者の強みに関する質問を受けるたびに違和感を感じます。「男性社長」という言葉は無いのに、どうして「女性社長」という言葉があるのかと思いますね。衆議院議員の野田聖子さんは学校(*田園調布雙葉高校)の先輩で親しくさせていただいているんですが、ある勉強会で野田さんが、男性中心の日本社会を変えるためには政治家になるしかないと思ったとおっしゃったのを聴いて、私は経営者として何ができるのかと考えてしまいました。

女性は感情の生き物ですし、身体的にも男性とは違いますが、中村さんがおっしゃるように、そこを言い訳にしてしまうことも多いですよね。しかし、それでは結局「女だから」と言われてしまいます。他方で性別に関係なく自分らしく生きる人もいます。「類は友を呼ぶ」の言葉どおり(笑)、JANEには奥谷(禮子幹事・CCCサポート&コンサルティング会長)さん、中村さん、私のようなタイプの女性が集まってくると思っています。

石渡美奈(ホッピービバレッジ株式会社 代表取締役社長)
1968年東京都生まれ。立教大学文学部卒業後、日清製粉(現:日清製粉グループ本社)に入社。人事部に所属し、93年に退社。広告代理店でのアルバイトを経て、祖父が創業したホッピービバレッジに入社。広報宣伝を経て、2003年取締役副社長に就任。その後2010年に代表取締役社長に就任。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、経営学修士(MBA)。2016年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM修士課程)修了。ラジオ番組「看板娘ホッピーミーナのHOPPY HAPPY BAR」(ニッポン放送)でパーソナリティーを務め、「ホッピーミーナ」の愛称で親しまれている。
https://www.hoppy-happy.com/corporate/information/

中村利江(株式会社出前館 代表取締役会長)
関西大学在学中、女子大生のモーニングコール事業を立ち上げ、学生起業家として活躍。大学卒業後、株式会社リクルートへ入社、1年目でトップセールスとなり、MVP受賞。出産退職後、1998年ほっかほっか亭本部の株式会社ハークスレイに入社、マーケティング責任者となる。2001年日本最大級の宅配ポータルサイト「出前館」を運営する夢の街創造委員会株式会社 (現・株式会社出前館)のマーケティング担当役員として、同社の事業を構築。 2002年1月同社代表取締役社長就任。2006年大証ヘラクレス(現ジャスダック)上場。 2020年3月LINEグループと資本業務提携を締結し、約300憶の第三者割当増資を行うことを決議、6月に代表取締役会長に就任。
https://corporate.demae-can.com/

文・編集 / 堀圭一(新経済連盟 事務局次長)
アジアフォーラム・ジャパン主任研究員、英国王立防衛安全保障研究所アジア本部理事などを経て、2018年6月から現職。

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