LIFULL /井上高志 不動産を取り巻く環境のデジタル化を推進。空き家問題を解決し、日本経済の活性化を目指す

日本最大級の不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」を運営する株式会社LIFULL。日本全国で深刻な問題となっている空き家問題をはじめ、さまざまな社会課題を解決すべく多角的に事業を展開しています。

企業理念に「利他主義」を掲げ、より多くの人を幸せにしようと挑戦をし続けている同社の代表取締役社長でJANE理事を務める井上高志氏に、不動産業界が抱えている課題や、それを解決するために提言したベースレジストリの整備について、お話を伺いました。

取材日:2021年4月20日
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称

▼新経済連盟 https://jane.or.jp/

インタビューのハイライト動画

目次
1.不動産をはじめ、社会課題解決のための事業を展開

2. 市場に流通していない、空き家は500万件も
3. ベースレジストリの整備で、不動産業界のデジタル化を推進
4. 失われた500兆円の建物価値の解消を目指す
5. 不動産業界のデジタル化の鍵を握る、デジタル庁

不動産をはじめ、社会課題解決のための事業を展開

――井上理事が、不動産領域でLIFULLを起業されたきっかけと、現在の事業内容について教えてください。

起業のきっかけは、社会人になって最初に勤めた不動産会社での体験です。あるお客様がマンションの購入に訪れた際、紹介した自社物件を気に入っていただけたものの銀行の審査に通らず、他の物件を探すことになったんです。

しかし、当時は不動産に関する情報は不透明で、どこにどんな物件があるのか、賃料や売買価格の相場はいくらなのか、中古物件の性能表記に信憑性があるのか、どの不動産が安心して取り引きができる優良店なのか、わかりませんでした。不動産業界に身を置いていた私ですら、アナログな方法で足を運んで探すほかありませんでした。

この情報の非対称性は、ブラックボックス化した不動産業界の、解決すべき大きな課題だと痛感しました。そこで、日本全国の物件情報を巨大なデータベースにして、24時間365日、無料で検索できるようなメディアを作るべく、ネクストホーム(現LIFULL)を創業。国内最大級の不動産・住宅サイト「LIFULL HOME’S」を生み出しました。

LIFULLは現在、不動産業界のみならず、さまざまな社会課題の解決を目指して多角的に事業を拡大しています。空き家の再生を軸にした「LIFULL 地方創生」や、有料老人ホームや高齢者向け住宅などを探せる介護施設検索サイト「LIFULL 介護」、流通時に廃棄されてしまう生花を減らすための花の定期便「LIFULL FLOWER」などの新規事業を含め、様々なLIFEに関わる事業に進出しています。

さらに、海外で複数企業のM&Aを実施して、グループ会社LIFULL CONNECTを設立し、世界63か国の不動産や中古車、求人などさまざまな情報を掲載する世界最大級のアグリゲーションサイトも展開しています。

――社会課題解決のために事業を展開されている井上理事が、JANEに加入したきっかけを教えてください。

新しい社会へとデザインし直すには、政策提言を通じた法律改正や規制改革が必要不可欠だからです。たとえば我々は、物件情報や価格情報などの見える化を進めていますが、一民間企業だけで頑張っても限界があります。

さまざまな情報を確実にオンラインで手に入れられる状態を作るためには、根本にある法律や制度を変えていく必要があると考え、JANEに加入しました。

2020年2月17日、東京都知事と新経座連盟(JANE)との意見交換を実施。一番左が井上高志理事

市場に流通していない、空き家は500万件も

――JANEでの活動にもつながりますが、井上理事は空き家問題の解決にも注力されています。空き家の現状やこれまでの取り組みについて教えてください。

日本は2033年に、3軒に1軒は空き家になると言われています(野村総合研究所予測 )。ただ、これは全国平均の予測なので地方では4〜5割が空き家になって過疎化が進む可能性が高いです。

この状況を放置すると人口の流出や経済の衰退、治安や環境の悪化など、さまざまな社会問題が加速します。ただ、空き家問題の難しい点は、どこにも流通していない、誰も把握していない物件情報であるということです。

利活用されているのか放置されているのかもわからない不動産は、全国に約500万件あると推測されているのですが、そこに現在市場で流通している約500万件の物件情報を加えると、日本には空き家が約1000万件もあることになります。それが2033年に2100万件以上に膨らんでいく予想なのです。

この状況を改善するために、LIFULLは国土交通省と一緒に「LIFULL HOME’S 空き家バンク」 を運営しています。これは、単に流通していない情報を「LIFULL HOME’S 空き家バンク」で見える化するというだけではありません。

空き家を活用して地方にヒト・モノ・カネ・チエを還流させるべく、空き家を宿泊施設やカフェなどにリノベーションするための「資金調達支援」、事業を成功させるためのナレッジをシェアする「プロデュース」、地方で暮らしたい人に情報を提供する「人材育成とマッチング」を包括的に支援し、日本中の空き家再生と地方創生を実現させようとしています。

ベースレジストリの整備で、不動産業界のデジタル化を推進

――井上理事は、空き家問題をはじめ、不動産を取り巻くさまざまな課題の解決に向けて、「ベースレジストリの整備」を提言されています。具体的に教えてください。

不動産領域で発生している問題は大きく2つあります。1つは事業者も行政もデジタル化されていないことで取引コストが高くなり、結果、不動産が流通していないこと。もう1つは、土地や建物の場所と所有者の確認ができず、空き家問題が解決しないことです。

たとえば、不動産登記手続きが完全にオンライン化していないため、アメリカなら15分程度で終わる手続きが日本では半日から1日もかかってしまうんですね。しかも、不動産登記は任意のため、不動産を相続しても手続きが面倒だから登記しないという選択もできてしまう。

その結果、築年数が古い物件ほど、登記されている所有者と実際の所有者が違う、何世代も前の人物で登記されたまま変更されていない、といったことが多発しています。しかも、この状態から現在の所有者を洗い出そうとすると、裁判所での手続きなどが必要となって手間とコストがかかるため、売買を諦めるケースも少なくありません。

また、評価額が70万円以下の土地の相続を拒否すると、土地の情報が固定資産税の課税台帳に載らなくなり、自治体も把握できない、誰の所有物でもない、ただ放棄された土地になります。こうしたケースは、この先大幅に増えていくことになるでしょう。

そこで、これら不動産を取り巻く問題を解決するために提言したのが、マイナンバー制度のように不動産もIDで一元管理ができるようにして、全国の不動産情報をデータベース化し、民間事業者が利活用できるようAPIを解放する、ベースレジストリの整備です。

その実現のためには、土地の空間情報も不動産IDに紐づけられるようにして、不動産登記申請手続きをすべてオンラインで完結できるようにするなど、周辺環境の整備も必要であることも明確に示しました。

失われた500兆円の建物価値の解消を目指す

――ベースレジストリの整備によって、具体的にどのような効果や変化を見込めるのでしょうか。

まず、不動産登記申請手続きを完全にオンライン化した上で、不動産IDの運用には改ざん不可能なブロックチェーン技術を活用すれば、登記に必要な消費者・事業者・行政それぞれのコストを大幅に抑えられることになります。登記に手間とコストがかからなくなって義務化できれば、所有者不明で放置される不動産は減っていくでしょう。

また、日本の木造住宅は22年で減価償却が完了するため、22年以上経った木造住宅は市場価値がないと評価されてきました。結果、55年間で900兆円が住宅に投資されてきましたが、その資産価値は半分以下の400兆円にまで目減りしてしまったんです。

この「失われた500兆円の建物価値」を解消するためにもベースレジストリの整備は必要不可欠。不動産を取り巻く環境がデジタル化され、ID管理されるようになれば、誰も把握できていなかった不動産も流通するようになって、リフォームやリノベーション市場、金融市場などが活性化すると見込んでいます。

さらに、遊休不動産を活用することで、民泊経営や子育て支援施設、観光施設、高齢者向け施設の運営など、新たなビジネスの創出にもつながるはずです。

そもそも、人口が減少し、単身世帯が増えている日本で 、新築アパートやマンション、一戸建てをこれまで通り供給し続ける状況を一度、立ち止まって考えることで、地域や場所によって新築物件数を規制するなどの制度を設計できれば、今ある物件をリフォームして長く使う、サステナブルな社会に変わっていくと思っています。

不動産業界のデジタル化の鍵を握る、デジタル庁

――井上理事はJANEでは不動産市場拡大推進プロジェクトチームをリードされていますが、活動を通じて実際に感じている変化はありますか?

不動産業界のデジタル化に風穴を開けられたと思うのは、賃貸物件契約時に有資格者が契約者に対面で説明していた重要事項説明のオンライン対応を可能にしたことです。

2021年4月からは売買物件でもオンライン対応が可能になったため、家を探し始めてから契約して入居するまで、オンラインだけで完結できるようになりました。この状態にするまでに時間はかかりましたが、ようやくここまで来られたと思っています。

また、私はシェアリングエコノミー推進プロジェクトチーム のリーダーでもあるのですが、そこで積極的に政府に働きかけて実現したのは、2018年に施行された民泊新法です。日本はいろんな規制があって民泊はグレーゾーンもしくはブラックゾーンだったのですが、海外プレイヤーと同じ法律のもとで日本のプレイヤーも競争できる市場を作るために、法律を整備。これは空き家問題の解決にもつながっていくと考えています。

これから必ず実現させたい不動産業界のベースレジストリの整備は、2021年9月に創設されるデジタル庁が鍵を握っていることに間違いありません。これは不動産業界にとって千載一遇のチャンスでもあるので、経済を活性化させ、より良い日本の未来を作っていくために、JANEとLIFULLの両輪で頑張っていく所存です。

井上 高志 理事(株式会社LIFULL 代表取締役 社長執行役員)

青山学院大学卒業後、株式会社リクルートコスモス(現:株式会社コスモスイニシア)入社。株式会社リクルート(現:株式会社リクルートホールディングス)を経て、26歳で独立し、1997年に株式会社ネクスト(現:株式会社LIFULL)設立。2010年に東証一部上場。また、新経済連盟理事、一般財団法人「NEXT WISDOM FOUNDATION」代表理事、一般社団法人「21世紀学び研究所」理事、一般社団法人「Living Anywhere」理事も務めるなど精力的に活動している。

株式会社LIFULL https://lifull.com/

文・編集/ フリーランス編集者 田村朋美
2000年に新卒で雪印乳業に入社。その後、広告代理店を経て個人事業主として独立。2016年にNewsPicksに入社。BrandDesignチームの編集者を経て、現在は再びフリーランスのライター・編集として活動中。スタートアップから大企業まで、ブランディング広告やビジネス記事を得意とする。

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