サントリーホールディングス/新浪 剛史「今こそ“まずはやってみる”」

今こそ“まずはやってみる”

新経済連盟(JANE)幹事/新浪 剛史(サントリーホールディングス株式会社 代表取締役社長)

酒類や清涼飲料を中心に幅広い事業をグローバルに展開する企業グループとして着実に成長を続けているサントリーグループ。サントリーホールディングス株式会社の代表取締役社長として日本を代表するグローバルリーダーの一人である新浪 剛史 幹事に、アフターコロナにおける日本経済の今後の展望やその中でのJANEの役割、グローバルリーダーに求められる資質などを伺いました。

※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称

取材日:2020年6月2日

目次
1.検査・医療体制の拡充が急務
2.飲食業は世界に誇る日本の「ソフトパワー」
3.「GDP」の限界と新しい経済指標の模索
4.日本経済回復のカギはジョブ型雇用へのシフト
5.DXを実行し加速するために“まずはやってみる”
6.政府のDX化を促すのがJANEの使命
7.多角的な視座を与えてくれる二つの経済団体
8.常に大局観を持って決断する
9.「No」と言えるのがグローバルリーダー

検査・医療体制の拡充が急務

-2020年5月25日に緊急事態宣言が解除された一方で、東京アラートが発動されるなど、まだまだ予断を許さない状況です。現在のコロナ禍の状況をどのようにお考えでしょうか。

コロナ危機に対する日本政府の対応については、外出制限等にも法的拘束力を持つ厳しい規制を導入した諸外国とは対照的ですが、コロナ感染拡大の抑制と経済活動を早急に復活させるという両輪体制でうまくコントロールしてきた面において評価をしています。

コロナ抑制という点においては、日本はPCR検査や抗原検査、抗体検査の数が世界と比較してもまだまだ少ないので、早急にスムーズな検査体制を確立し、検査数を増やし、第二波に備えた医療体制を整備することが急務です。来年には東京オリンピック・パラリンピックの開催が控えていますから、国際的にも信頼される検査システム、陽性反応者の隔離設備、コロナ罹患者に対応できる医療機関の拡充、これら三位一体での整備が引き続き重要となってきます。緊急事態宣言は全面解除されましたが、コロナウイルスが撲滅されたわけではないので、ここで手綱を緩めてはいけませんね。

飲食業は世界に誇る日本の「ソフトパワー」

-飲食業界やホテル業界はコロナ危機の影響が大きいですが、アフターコロナを見据えてどのように取り組むべきでしょうか。

飲食業界がビフォアーコロナの状態に戻るには相当な時間を要すると考えています。

私は飲食業を日本のソフトパワーの原点だと考えています。ソフトパワーとは、1980年代後半にハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が提唱した、強制力に寄らずに自国の価値観や文化によって他国を魅了し影響を与える能力のことで、日本のアニメやマンガもソフトパワーの一つであると考えられています。来年のオリンピック・パラリンピックで訪日する外国人はゲームの観戦を楽しむだけでなく、日本のソフトパワーの魅力のひとつである日本の食文化をも満喫しに来るのです。そのように考えると、政府は飲食業者の方への支援を家賃の一部補助に限らず、あらゆる方法で支援しなければ、オリンピック・パラリンピックの成功はないのではと思います。

飲食業界とのつながりが深い私どもも、あらゆるリソースやノウハウを提供して支援が可能と考えています。一つ紹介しますと、株式会社Gigi様が運営する「ごちめし」という、アプリを通じて第三者にお食事をごちそうできるサービスがあります。「ごちめし」のプラットフォームを活用し、コロナ禍で経営の自粛や制限を余儀なくされている飲食店に先払いしてコロナ後に食べに行くという「さきめし」のサービスで、私ども(サントリー)は支援活動を5月25日から開始しました。つまり、消費者の方々に「さきめし」をご利用いただくことで、飲食店様にとってはサービス・商品を提供する前に現金収入を手にし、それを事業資金として活用してもらい、事業の継続につなげていただけるわけです。

他にも、例えばJANEのメンバーの株式会社出前館様のようにデジタルを活用したデリバリーサービスのノウハウを導入するなど、新しい取り組みをどんどん取り入れて生き延びてもらうこと、そのための支援策を考えることが重要です。今まで飲食業はお客様にご来店いただく「待ち」のサービスでしたが、アフターコロナではデリバリーサービスに参入してお客様のご家庭まで出向く、デジタルの活用で「動」を軸とした新しいモデルのサービス展開ができるようになります。新しい業態に積極的に参入してもらうことが必要となってくるでしょう。

生き抜くための様々な仕組みは、デジタルなくしては実現できないことが多くあります。こうしたことを支援していくのがJANEとして取り組むべきことだと思います。

「GDP」の限界と新しい経済指標の模索

-コロナ危機という逆境の中、新しい産業が生まれ、それに伴い雇用も創出されています。成長を続けるであろう業界の傾向を教えてください。

2020年3月31日の経済財政諮問会議において、コロナウイルスの感染拡大を受け、オンライン診療を初診から認める検討に入り、以降限定的に導入が開始されました。コロナ危機を機に規制改革が進んだ業界はAI等のテクノロジーを活用して新たな切り口ができ、今後も一層拡がっていくでしょう。そこに経済伸長の余地があります。ここですべての雇用を賄うのは非常に厳しいと思いますが、ステイホームを機にeコマース市場が伸び、デリバリーサービスの需要も拡大傾向にありますから、これもまた新たな雇用創出の機会となっています。労働の移動も起こっているので、こうした勢いを加速させていくことが必要だと思います。

一方で、自動車をはじめとする耐久消費財ですが、経済の先行きの見通しが不透明ななか、消費者心理としては購入意欲も遠のきますし、それに伴い生産台数も減少するでしょう。日本経済は自動車産業に大きく依存してきた「一本足打法」で成長を遂げ、その裾野は非常に広大です。経済成長が頭打ちとなる社会において、新しい雇用の受け皿をどのように創出するかが今後の課題となります。

アフターコロナの社会では経済成長を考える上で、GDPという指標で計ることが適切なのか、今後考えていかなければなりません。近年注目されてきた、既存の資源を最適化することで収益を生むビジネスモデルを指すサーキュラーエコノミー(循環型経済)の分野が経済成長の加速の一端を担うのか。あるいは、コロナ禍でリモートワークが拡大し、東京一極集中の必要性が薄れ、家賃も生活費も安いけれど生活の質(QOL:Quality of Life)が向上する地方での生活が好まれるようになると、QOLも指標のひとつとなるのか。

GDPは財政上非常に大切な指標ではありますが、これら複数の指標を使って経済の成長をダッシュボード化して多角的に検証していく、そういう時代へと変化していくでしょうし、加速していく必要があるのではと思います。

日本経済回復のカギはジョブ型雇用へのシフト

-日本経済の回復には何が必要でしょうか。

一番重要なのは円滑な労働移動ですね。アフターコロナの社会では、先ほども申し上げました通り伸びる企業と衰退する企業が出てきます。伸びる企業というのは、若く動きが速い企業、衰退する企業はもともと課題を抱えながら動きが遅い企業。これまでの日本の雇用スタイルは、会社に人を合わせていく「メンバーシップ型」が主流だったため、労働移動が非常に難しいとされていました。ところがコロナ禍でテレワークが普及し、どこでも仕事ができるようになると、仕事に人を合わせていく「ジョブ型」の雇用スタイルでも業務遂行が可能であることが顕在化し始めたのです。この動きを活発にしていくと、人材の流動性が高まり、社会全体のダイナミズムが上がっていく。これが日本経済の回復にとって非常に重要なことです。

企業が伸びるためには、良い人材が必要なので、政府に頼るだけではなく、民間が工夫して推進していったら良いだろうと思います。

DXを実行し加速するために“まずはやってみる”

-コロナ禍におけるJANEの役割をお聞かせください。

DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するのがJANEのもっとも重要な役割です。JANEのメンバーはDXに造詣が深い人がたくさんおり、これまでもDXを実行に移すために必要な規制改革に関する様々な議論がなされてきましたが、今後も継続してより加速させる。世界も加速度的に成長していることを忘れてはなりません。規制を緩和して、まずはやってみるという動き方に変えていく、規制はやりながら考えていくという社会に変わっていくことが必要です。その中心となるのがDXだと思うし、自粛が続く中で明るいモメンタムを作っていくと思います。自粛経済はどんどん縮小を促してしまいますから、攻めや挑戦が加速されるような社会にしていかないといけない。大きくしたり楽しくしたりする動きをDXは牽引できると思っています。

ソーシャルディスタンシングをしながら「会う」ということは続けるのだけど、薬やワクチンの開発はデータを使って科学の力で、昔よりもスピード感を持ってできるはずです。最終的にはソーシャルディスタンシングがなくても「会う」ことができるという目標を持って、直接会って膝を突き合わせてコミュニケーションを取れる社会を取り戻すのがDXの目標だと思います。

政府のDX化を促すのがJANEの使命

今の政府には、国民に対してある一定程度の生活を保障することが求められています。コロナ禍で失業した人が再就職するまで、あるいは生活困窮者の家計を支える、そのような支援策です。今回、特別定額給付金で一律10万円が国民に支払われましたが、それでは抜本的な解決策にはなりません。今の政府に必要なのはデジタルガバメント体制を早急に整備することだと考えます。DXを活用し、個人の収入と口座とマイナンバーそれぞれのデータを連携させ、必要な時に必要な人へ迅速に給付金を支給する仕組みの構築が急務です。

これまでは、資産や税とデータを連動させるのは問題だという社会の反発がありますが、資産や税と連携する上での問題とは何かを具体的に洗い出し、国が中心となり、大手企業だけではなく新しい技術力を持つベンチャー企業にも参画してもらいプラットフォームを開発し、地方行政に展開するべきです。

アメリカではベンチャー企業の育成・活用が盛んに行われていますが、その背景には国家ぐるみでベンチャーを支援するシステムがあり、新しい技術開発に伴うリスクを国が負っているのです。日本政府もリスクを負って免罪符を出してあげて、新しいことをどんどんやらせてあげれば良い。アフターコロナという新しい社会を迎えるためにはパラダイムシフトが不可欠です。政府は、民間で研究開発・実用化されている最新のIT技術のノウハウを持つ人材を積極的に受け入れ、DXを基盤としたイノベーションを国家主導で盛り上げて欲しいですね。

その社会の実現に向けてのけん引役がJANEなのです。

当日のリモートインタビューの様子

多角的な視座を与えてくれる二つの経済団体

-経済同友会でも副代表幹事に内定されましたね。

はい。二つの経済団体に所属していると、それぞれに強みがあるなと感じます。

JANEの強みは、ベンチャースピリットに溢れるイノベーターの会員が多く在籍されていることもあり、未来に向けたエッジの効いた提言ができることですね。コロナ禍で実働し始めたオンライン診療も、医師会は時限的措置と言っており、アフターコロナでは揺り戻しがあるかもしれません。揺り戻しが起きないよう、JANEには新しい社会への取り組みに対して提言し続け、門戸を開放して欲しいと思っています。

経済同友会は大企業および中小企業で構成されており、メンバーの業種は多種多様です。同団体では、JANEのような規制緩和・規制改革の議論もありますが、やはり、今、直面する課題や政策への提言に関する議論が中心となります。例えば従業員の最低賃金について、企業規模を超えて侃侃諤諤と議論する。私は最低賃金を上げることに賛成なのですが、中小企業の事業主の方々にとっては、抜本的な生産性の向上が見込めない限りは、最低賃金を簡単には上げられない、という意見もある。より現実に則した課題に対する議論は、より良い社会の実現のためには必須ですし、これが同団体の存在意義だと考えます。

両団体に所属することで、多角的に物事を考察できる、情報の多様性が確保できることは、私にとって魅力的ですね。どちらの活動内容もとても勉強になります。

常に大局観を持って決断する

-新浪さんにとっての「大きな決断」とはなんでしょうか。

「大きな決断」とは、常に経営者やアントレプレナーが抱える使命であると考えます。私にとって、大きな決断をする時のキーワードは大局観です。「天守閣論」と私は命名していますが、天守閣から物事を見て判断し、決断していくのが経営者の役割だと思っています。

経営者は、例えると天守閣に居るようなものなので、景色、つまり企業を取り巻く経営環境を遠くまでよく見渡せます。グローバリゼーションが進む昨今では、世界を見渡す広大な視点が必要です。その広大な景色を見ながら、会社が進むべき道の大きな舵取りをするわけですが、経営者が大きな決断をし、経営の方向性を示したところで、実行部隊である社員の人たちは遠くまで見渡せないので理解できない。大きな決断をする時は、中長期的な視点から物事を捉えるので、短期的な物事は時として犠牲になり、短期的な視点で物事を捉えている周囲の人からは理解を得られにくい。ですので、決断に至った経緯と方向性を丁寧に説明し理解を図ることが、「大きな決断」を実現する上で非常に大切なことになってきます。

「No」と言えるのがグローバルリーダー

-グローバルリーダーに求められるものはなんでしょうか。

グローバルというのは「根無し草」であると私は思っており、「根無し草」だからこそ、個人のアイデンティティの確立が重要となってきます。グローバリゼーションが進む社会では、アイデンティティのない人は魅力のない人、何者でもない人だと捉えられます。私のアイデンティティは日本の文化の中で育った日本人としての考え方や行動様式であり、それは言い換えると、日本人としての強みや弱みのことです。

日本人の強みは「和」である一方、グローバル社会ではその「和」が弱みともなりえます。日本人は「和」を尊ぶが故に、嫌われることは言わない、やらない、といった側面がありますから「No」とは言わない。しかし、グローバル社会では後々の誤解を回避するために、「No」を含めて自身の立場を表明し、意思を明確に言葉として伝えなければなりません。一歩世界に出ると日本人の「和」は「和」ではなくなります。なぜなら「和」という概念がないからです。世界の人たちとの対話において「No」と主張することは、その人の品性だとか人格を否定するものではなく、自身の立場を明確にするためであり、お互いの異なる立場を理解するために議論をするわけです。

一方で、日本では「No」ばかりいっていると嫌われますし、物事が前に進みませんので、郷に入れば郷に従えで、「和」を尊重することが必要な場面にも遭遇するでしょう。「和」も「No」も両立できれば、真のグローバルリーダーと言えるのではないでしょうか。

-ありがとうございました。

新浪 剛史(サントリーホールディングス株式会社 代表取締役社長)

1981年三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。02年ローソン代表取締役社長。14年より現職。
サントリーグループは1899年の創業以来、120余年にわたり積極的に事業を展開するとともに、創業の精神である「利益三分主義」に基づき、文化・社会貢献、環境活動などにも取り組んでいる。また、「水と生きる」をステークホルダーとの約束と位置づけ、社会と自然との共生を目指したさまざまな活動を展開している。

サントリーホールディングス株式会社 https://www.suntory.co.jp/company/

文・編集 / リエゾン株式会社 広報コンサルタント 武元智絵(たけもと・ともえ)

時事通信社、フライシュマン・ヒラードなどを経て渡豪。豪Entrepreneur Education/Diploma of Business修了。帰国後、広報コンサルティングを手掛けるリエゾン株式会社に参画し、PRプラン立案やライティングなどを担当。

リエゾン株式会社  https://www.liaison-corp.com/

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