WiL/伊佐山 元 「ベンチャーを興そうという社会の勢いを止めないために」【前編】

ベンチャーを興そうという社会の勢いを止めないために【前編】

新経済連盟(JANE)幹事/伊佐山 元(株式会社 WiL CEO)

日本とシリコンバレーを拠点にベンチャー支援を行うWiLは、「“起業をブームから文化”にしたい」というミッションのもと、日本から世界的なベンチャーや産業を興すために、日米のベンチャーと大企業をつなぎ、次世代を担う起業家の育成と大企業の変革を通じて、社会に貢献するチェンジエージェントです。
日米で活躍する共同創業者・CEOである伊佐山 元 幹事に、シリコンバレーのカルチャー、10年先の展望やアフターコロナの日本に必要なこと、その中での新経済連盟(JANE)の役割などをお伺いしました。

前編と後編でお届けします。(後編はこちら

※取材日;2020年5月27日

目次
1.法的拘束力を持つアメリカの徹底したコロナ対策
2.コミュニティーレベルで醸成するベンチャースピリットの教育
3.ポジティブな気持ちと多様性に富んだ社会がチャレンジを後押しする
4.コロナがDXを加速させた
5.ウィズコロナの社会における「BEACH Industry」の厳しい経営環境

法的拘束力を持つアメリカの徹底したコロナ対策

-日本では緊急事態宣言が全国的に解除(2020年5月25日)されましたが、現在のシリコンバレーの状況はいかがでしょうか?

カリフォルニア州では新型コロナウイルスによる行動規制を緩和するためのフェーズが4つに設定されていて、今はステージ2です。3月19日に発令した外出禁止令が50日ぶりに緩和されました。ちょうど今週の月曜日(2020年5月25日)がメモリアル・デー(戦没将兵追悼記念日)で、気温も35度まで上がり非常に暑いので、多くの人がビーチに集まりました。あまりの人出の多さに多少の不安もありますが、アメリカは日本と違い、公共の場に出るときはマスク着用とソーシャルディスタンシングを確保することが条例として規定されており、違反者には罰金が科せられます。この動きはステージ3、ステージ4においても引き続き徹底されると思います。「自主規制」の日本とは違い、マスクなしでスーパーに入店すると罰金が科されるように法的に規制されているので、日本以上にコロナ対策は徹底していますね。

経済界に話を移しますと、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの4社を指す)を中心としたシリコンバレーのテック企業が、6月からは徐々にリモートワーカーとオフィスワーカーを半々にすると言っていましたが、ここ1~2週間で、今年度末あるいは恒久的な措置として、「リモートワークを選んだ人は会社に来なくていいですよ」と、リモートワークを制度化する会社が急激に増えています。筆頭はTwitter社で、一生在宅でも可ということで、ずいぶん踏み込んだ制度だなと思ったのも束の間、他社も続々と追随し、気づけばリモートワークを前提とした社会に変化していました。

※当日はオンラインインタビューのため、写真は過去に撮影したもの

コミュニティーレベルで醸成するベンチャースピリットの教育

-コロナ禍によりシリコンバレーの教育現場も変わってきているのではないでしょうか。

オンライン授業は内容も充実しているのですが、娘(スタンフォード大学に通学中) もやはりオンライン授業に限界を感じているようです。もちろん座学はオンラインでできますが、学校に行って友人とブレストしたり、議論したり、寮生活における理不尽なリクエストに怒ったり…(笑)。Face to Faceのやり取りがあることこそが通学する意義だと再認識しているようです。スキルを身につけるだけなら、大学に行かなくてもいいと私も思っています。

大学に進学する意義をもう少し深掘りします。私が住んでいるシリコンバレーは限定された小さなエリアです。そこに住んでいる人たちはベンチャー関係者が多いからなのか、幼少期から、社会にある課題を見つけて解決するトレーニングを積んでいます。高校では学校教育の一環としてボランティア活動への参加が義務化されています。ゴミ拾いでもいい、プログラミングでもいい、何でもいいから自分のできることを社会に還元しようということを幼い頃から叩き込まれているのです。だから、大学に進学する時にはトップクラスの大学に入学して大企業に入社したいわけではなく、自分がやりたいことを成し遂げるためのスキルを身につけ、身につけたスキルを活用して社会の課題を解決しようという目的が明確になっています。

こちらの学生は課題を見つけると、それを解決するために何かやりたいという意欲が自発的に湧くのです。学校の授業だけでは飽き足らず、ベンチャーを立ち上げて事業を始める学生も少なくありません。
実際に、うちの娘もコロナ禍の自粛生活中にいつの間にかベンチャーを立ち上げました。外出禁止令で自宅にこもり心理的に困っている人と、大学などで心理カウンセラーのPHDを取得した人とをオンラインでマッチングするサービスを始め、現在稼働中です。これがシリコンバレーのベンチャースピリットです。困っている人たちがいたら、「その人たちの助けになろう」というボランティア精神が根底にあるのです。彼ら彼女らは人々を助けたい、社会の役に立ちたい、そのために学ぶという意識が強いのです。

シリコンバレーには起業経験者が多いので、新しいことに挑戦したり、何か課題があった時にトライしてビジネスにしたりすることがコミュニティーレベルで根付いています。だからこそ、幼少期からのボランティア活動も教育システムとして社会全体に浸透しているし、日頃、近所付き合いがある人たちの影響もあって、自分自身も何かトライしたいという気持ちに自然となってきます。

ポジティブな気持ちと多様性に富んだ社会がチャレンジを後押しする

-シリコンバレーの穏やかであたたかい気候も関係しているでしょうか。

気候の影響もあると思いますね。雲もなく太陽が出ている日が多くて、朝起きるとカラッとしているというのは、精神衛生上とてもいいことですよね。前日に何かしんどいことがあっても、朝、爽やかな青空を見ると自然と「今日も何か良いことがあるでしょう」とポジティブな気持ちにもなりやすいと思います。
シリコンバレーにいる人は、本当は失敗している人の方が多いはずなのですが、基本的には失敗してもまた新しいチャレンジの会話をするし、周りの人も失敗した人についての話題を引きずったり咎めたりせず、ポジティブな会話をするという暗黙のルールがあります。その根底にあるのは、やはり、社会の課題を解決することを是として新しいことへチャレンジしようという精神です。これは大きな特徴だと思います。同じような気候が年中続くところは他のエリアにはなかなかないかもしれないですね。

シリコンバレーに限らないですが、米国在住者は多国籍で社会の多様性に富んでいるので、仮に失敗したとしてもポジティブな意見もネガティブな意見も相当な数が出てきます。何か悪いことが起きた時に、一様に批判に偏るということが起きづらい環境であって、それは、人がチャレンジすることに対して、精神的に非常に良いことだと思っています。そういう意味で、多様性と安定した気候、質の高い大学があるというロケーションは重要な要件かもしれませんね。

コロナがDXを加速させた

-コロナ禍を契機に働き方も大きく様変わりし、DX(デジタルトランスフォーメーション)も一気に加速しています。

過去10年間において、アメリカでも日本でもDXは経済界における一つの大きなテーマでした。コロナ禍以前は、大企業を中心にクラウド活用を推進する反面、セキュリティの脆弱さへの懸念等から、じわじわと浸透する程度に留まっていました。ところがコロナ危機が深刻化すると、直近の8週間で過去10年間と同じぐらいDXが進展していきました。
スピード感をより分かりやすく説明する指標としてEC化率を例に挙げます。アメリカのEC化率は、これまで1年間に1ポイント程度の伸びで推移しており、2010年時点では6.4%程度、2020年3月時点で16%程度でした。それが直近8週間で27%にまで急伸したのです。

また、オンラインビデオ会議システム「Zoom」の1日当たりの延べ参加者数は、2019年12月時点では約1,000万人でしたが、今では約3億人と、およそ30倍に激増したわけです。 この現象一つとっても、いかにDXが加速し、大企業をはじめ中小企業でもデジタルを活用し、仕事のやり方を変えていこうという動きが顕著であることが分かります。

インタビュー当日の様子

ウィズコロナの社会における「BEACH Industry」の厳しい経営環境

-DXが急速に加速し拡大するビジネスがある一方で、AirbnbやUberはコロナ禍において打撃を受けています。

コロナ禍を機に登場した面白い略語に「BEACH Industry」というのがあります。Booking、Entertainment and Live Events、Airlines、Cruises and Casino、Hotel and Resortsの5つの産業を指すのですが、このように人が密集して、サービスやモノを共有する産業はコロナ禍においては非常に厳しい状況ですね。Airbnbは個人宅をシェアする宿泊サービス、Uberも個人所有の車をライドシェアするサービスです。いずれのサービスを利用する際も、家や車がきちんと除菌処理してあると言われても、リスクを取ってまで利用しようと思う人は少ないというのがユーザー心理ですよね。

中国で起きた興味深い現象のひとつに、今年4月の新車販売台数が前年同月比でプラスに転じたことがあります。今後、同様の現象がアメリカでも起きるのではないでしょうか。シリコンバレーでは個人所有の車を手放してライドシェアしようという流れがこの5年間ぐらいで急激に進みました。私の周りにもスポーツカーを売って、移動はUberにしたという人もかなりいましたが、こうした人たちが今、オンラインで「テスラ」をポチっと買っている、という感じです。自分で購入した車で移動するというニーズが高まっており、自動車産業にとっては嬉しい環境の変化ですね。

今後のアメリカにおける飛行機移動は、9.11の時と同様にセキュリティチェックが一段と厳しくなり、通過するのに時間がかかるようになるでしょう。9.11の時も国内線においても4時間前に空港に到着しなければなりませんでした。そう考えると、今までシリコンバレーからロサンゼルスまで飛行機で移動していた多くの人たちは、4時間前に飛行場に到着し、感染のリスクを負ってまで飛行機を利用するより、自分の車で5時間運転していくことを選択するでしょう。

後編につづく(後編はこちら)

伊佐山 元(株式会社WiL CEO)
2013年8月にWiLを創業し、運用するファンド総額は約1,000億円。2020年5月末時点での投資先ベンチャーは、日本国内44社、米国22社、他2社の計68社に及びます。また、パートナー企業(出資企業)に眠る社内IP(知的財産)を活用した新規事業創出 や企業内起業家の育成 にも力を入れています。

株式会社WiL https://wilab.com/

文・編集 / リエゾン株式会社 広報コンサルタント 武元智絵(たけもと・ともえ)
時事通信社、フライシュマン・ヒラードなどを経て渡豪。豪Entrepreneur Education/Diploma of Business修了。帰国後、広報コンサルティングを手掛けるリエゾン株式会社に参画し、PRプラン立案やライティングなどを担当。

リエゾン株式会社  https://www.liaison-corp.com/

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