2012年6月1日、既存の技術やサービスの限界に縛られず、未来の社会経済の姿を構想し提示する団体として活動を開始した新経済連盟(JANE)。デジタルの活用を軸に経済と社会を変革するために、民間の立場から政策提言を行うと共に、イノベーション(創造と革新)・グローバリゼーション(国際的対応力の強化)・アントレプレナーシップ(起業家精神・実業家精神)の促進を掲げています。そんなJANEは2022年6月1日に10周年を迎え、都内で記念イベントが開催されました。本記事ではイベントのオープニングセッション、三木谷代表理事と藤田副代表理事との対談の様子をお届けします。
取材日:2022年6月1日
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
▼新経済連盟 https://jane.or.jp/
新経済連盟(JANE)、10年の歩み
三木谷 JANEを2012年に設立して10年が経ちました。いろんなことをやってきましたが、藤田さんはこの10年を振り返ってどんな思いがありますか?
藤田 先日、岸田総理が掲げる「新しい資本主義」の概要が発表されましたが、そこに「アントレプレナーシップ」や「デジタル化」、「イノベーション」という言葉が盛り込まれているのを見て、我々はこの10年でやるべきこと・正しいことをやってきたんだなと実感しました。
設立当初は、一般用医薬品の販売方法に、インターネット販売を追加するだけでも猛反対されていましたから。
三木谷 そうですね。この10年で世界中のいろんな仕組みが変わりました。2012年はガラケー(ガラパゴスケータイ)からスマホ(スマートフォン)にシフトする過渡期で、AIやブロックチェーンといった言葉もありませんでした。その中で我々は一貫してデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めてきました。
藤田 DXに対する理解は、コロナ禍の2年で一気に進みましたよね。これからの10年もDXは確実に進んでいくと思っています。
三木谷 ただ、コロナ禍でDXは追い風になっているとはいえ、日本は世界に比べるとかなり差をつけられているのも事実。インターネット以前の社会に適応していた規制が、いまだ現実に残っているのは問題です。
これまで、それらを変革するためにさまざまな提案をしてきましたが、もっと変えていかないといけないと思っています。
藤田 世界に比べて遅れているという現実を日本全体が理解し、「追いつかないといけない」「頑張れば追いつける」と意識をしてもらうことも、我々の重要な役割ですね。
三木谷 そのためには、政治家や官僚、産業界のリーダーが、「これから世の中はどう変わっていくのか」「そのために何をすべきか」というビジョンや戦略を持つ必要があるのですが、それを感じられないことに、僕は危機感を持っています。
藤田 とはいえ、この10年で若い政治家や官僚の理解はかなり進んできたと思います。もちろん、国全体としてはまだまだですが、未来は明るいんじゃないかという希望は持っていますよ。
日本に欠けているアントレプレナーシップ
三木谷 JANEは、DXとアントレプレナーシップ、グローバリゼーションの3つを軸に活動をしてきましたが、特にアントレプレナーシップ、つまり実業家精神が日本には大きく欠けていると思います。藤田さんはどう思いますか?
藤田 アントレプレナーは新しいことに挑戦する人なので、団体も既得権益もありません。だから、規制を緩和したい、間違った政策を変えたいと思っても、アントレプレナーの声はなかなか届かない。これは、アントレプレナーシップを阻む、日本にとってすごく危険なことだと思うんです。
だからこそ、JANEの存在意義があると思っていて。個人ではなく団体として国に声を挙げていくのはとても重要で、JANEは実動性の高い団体になったと思っています。
三木谷 そうですね。アントレプレナーシップが日本に欠けている要因として、「ものづくり大国・日本」を過信しているというか、その歴史が長かったことも挙げられると思います。
でも、ものづくりだけで1億人を超える国民を支えるのはかなり難しいのが現状。よくiPhoneをはじめとしたアップル製品は日本のものづくりが支えているともいわれますが、利益のほとんどは日本企業のものにはなりません。
その意味でも、ものづくり以外の新しいサービスやコンテンツ、エンターテインメントを生み出し、それを充実させていかないといけない。国民全体が、未来の方向性を感じられるような啓発活動も、JANEの一つのミッションだと思っています。
日本の未来戦略。希望ある未来を作るために
藤田 日本の未来戦略「ジャパン・トランフォーメーション(JX)」の実現に向けた政策の哲学として、
① 民でできることは民に
② ディスラプションはデジタル経済の「必然」
③ 日本の個性 × 海外の視点の「新結合」を
④ 部分的ではなく一体的な改革を
という4つを掲げていますが、3つ目の「日本の個性 × 海外の視点の『新結合』を」とは具体的にどういうことか教えてください。
三木谷 「海外の常識は日本の非常識」なので、たとえば海外から来たシェアリングエコノミーは、当初日本の非常識でしたよね。
暗号通貨(クリプトカレンシー)の税制も、海外ではほとんどがキャピタルゲイン課税で、ドイツは課税されないケースすらあります 。 一方で日本は「雑所得」になるので、税率の高い人は55%を所得税として捻出する必要がある。個人だけではなく企業に対する税制も課題があるため、暗号通貨の企業のほとんどがシンガポールに行ってしまいました。
これからは、海外では常識でも日本では非常識だからと鎖国せず、日本の良さや個性をキープしつつ、グローバルスタンダードに近づける必要がある。「開国」によるイノベーションを促進したいと考えています。
4つ目の「部分的ではなく一体的な改革を」についてもお話しすると、規制改革法案が通っても、「総論OK、各論NO」で実際には実現できないことがありますよね。たとえば、2018年に民泊新法が施行されましたが、実際は各都道府県や市町村の指導や規制によって民泊が制限されることがありました。
同じように、DXも進んでいるとはいえ、部分的ではなく全体を変えないと意味がない。「民でできることは民で」やりながら、思い切った改革をする必要があると思っています。
藤田 民間がやった方が圧倒的に効率的になることが世の中にはまだまだたくさんありますからね。ただ10年前と比べるとかなり快適に進められるようになったと思います。これからの方針の一つとして、もっと若い人の声や意見を拾って、若い人たちが損をしない社会を作りたいですね。
三木谷 そうですね。いずれにしても、日本は大きく変わらないと、未来は極めて厳しい状況になると危惧しています。海外政府や海外企業の日本への関心の低さを示す「ジャパン・パッシング」という言葉がありますが、僕はそれが「ジャパン・フォーゲッティング」、つまり日本は忘れられてしまうのではないかと心配しています。
それを打破する大きな打ち手が、アントレプレナーシップやイノベーション。日本が少しでも進歩的な国に発展できるよう、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれる日が再び来るよう、これからの10年も頑張りたいと思っています。
三木谷浩史(楽天グループ代表取締役会長兼社長/新経済連盟代表理事)
1965年神戸生まれ。一橋大学卒業後、日本興業銀行に入行。ハーバード大学にてMBA取得。興銀を退職後、96年クリムゾングループを設立。97年エム・ディー・エム(現・楽天グループ)を設立し、同年インターネット・ショッピングモール「楽天市場」を開設。楽天野球団代表取締役会長兼オーナー、楽天ヴィッセル神戸代表取締役会長、東京フィルハーモニー交響楽団理事長。
藤田晋(サイバーエージェント代表取締役/新経済連盟副代表理事)
1973年、福井県生まれ。株式会社サイバーエージェントを98年に創業し、2000年に史上最年少社長(当時)として東証マザーズに上場。インターネット産業で高い成長を遂げる会社づくりを目指し、「21世紀を代表する会社を創る」をビジョンに、新しい未来のテレビ「ABEMA」、インターネット広告、スマートフォンゲームなど革新的なビジネスを数多く手掛ける。一般社団法人Mリーグ機構代表理事。
文・編集/ フリーランス編集者 田村朋美
2000年に新卒で雪印乳業に入社。その後、広告代理店を経て個人事業主として独立。2016年にNewsPicksに入社。BrandDesignチームの編集者を経て、現在は再びフリーランスのライター・編集として活動中。スタートアップから大企業まで、ブランディング広告やビジネス記事を得意とする。