井上ビジネスコンサルタンツ / 井上 智治「アートが経済活動に与える影響とは」

経営コンサルタントとして、M & Aのアドバイザーや新規ビジネスのコンサルティングに携わりながら、東北楽天イーグルスのプロ野球への参入をきっかけとした球団ビジネス改革、クリエイターと産官学の垣根を超えた共創の場をつくる一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン(CVJ)の立ち上げなど、経済を様々な角度から変革してきた、株式会社井上ビジネスコンサルタンツ代表取締役の井上 智治(いのうえ ともはる)氏。

JANEの立ち上げ前から構想に加わり、幹事としては2013年5月以降、JANEの成長とともに日本経済を見つめ変革を促してきた井上幹事に、これまでの変化やアートと経済の関係性、今後の日本に求められることなどを伺いました。

取材日:2021年12月8日
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
▼新経済連盟 https://jane.or.jp/

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インタビューハイライト動画
(表紙写真: 2021年CVJ共催/日台文化交流事業「Taiwan Now」オープニングセレモニー、提供:財団法人文化台湾基金会)

JANEが地道に続けてきた日本の将来を見据えた具体的な政策提言活動

―― JANEの幹事に就任したきっかけと現在の活動内容を教えてください。

きっかけは、JANE代表理事の三木谷さんとの出会いにまで遡ります。三木谷さんが日本興業銀行(現みずほ銀行)に在籍していた当時、仕事の関係で三木谷さんと知り合い、その時のご縁から楽天証券の買収や、プロ野球新球団の設立に携わりました。その後も東北楽天ゴールデンイーグルスでオーナー代行を15年以上勤めるなど、現在も様々なお仕事でご一緒しています。

JANEの立ち上げ前から、三木谷さんはじめ事務局や顧問の方々とは親密にやりとりしており、構想については話を伺っていました。

私はかつて、経産省や総務省の各種委員会の委員などに就任していた経験もあったため、経営コンサルタントとしての独立後も政策提言に関わる活動をしていました。同世代の政治家の先生方と勉強会をする中で政策に関する相談を受けることもあり、政策策定の仕方やポイントについて、業務というよりボランティア的な活動として、JANEの幹事になる前から関わっていたのです。

そのような経緯もあり、JANEのために何かお役に立てればという思いから幹事に就任しました。

現在の役割としては、政策の提言先から政策実装までの流れ、実装が決まったあとの方法論までを考えて提言の道筋を作るアドバイスをしているほか、最近ではアート同好会を立ち上げ、積極的に活動しています。

―― JANEに幹事として参画されたのは2013年ですね。それ以降の変化についてどのように感じていますか。

10年以上前から楽天やそれぞれの会社ではデジタル化や規制緩和などの新しい提案を行っていましたが、政府からの反応は「個別の会社が提案してきても受け取りにくい。団体の提案として持ってきてもらえると取り上げやすい」というものでした。提言力のある団体を創ることは簡単ではありませんが、実行力のあるベンチャースピリットを持った企業の経営者達は、実際に団体をつくり活動を進めました。今では事務局の体制も充実し、参画メンバーも増え、活性化しています。

デジタル改革については、ペーパーからデジタルへの変革がなければ日本は変わっていかないと、早い時期から提案していました。当初政府は「全てデジタルにするなんて不可能だ」という反応でしたが、今ではデジタルを主とした考え方が政策に取り入れられています。JANEの積極的かつ継続的な働きかけが功を奏し、JANEの意見が正しい意見として日本の中で採用・実装されつつあるのが、現在の姿です。

JANEの立ち上げ前から、経済団体としては、経団連や経済同友会、商工会議所など、政府との意見交換の組織が仕組み化されていました。そのような中新しくJANEを立ち上げ、政府に提言し、聞き入れてもらえるようにするというのは大変なことでした。最初は名前を覚えてもらうところからのスタートでした。具体的でしっかりとした提案を作ること、また、実務にあたる方や政治家のみなさんときちんとコミュニケーションを取り、巻き込む人たちを増やしていくといったことを、継続的に行ってきました。現在では、JANEの提案は具体的で将来を見据えていてこの国のためになる、という印象が、政治家の先生にも官僚の方々にも浸透してきていることを実感しています。形式的なポジションと言うよりも、実質的なポジションを確保できていると思います。

2021年CVJ共催/日台文化交流事業「Taiwan Now」オープニングセレモニーの様子
(提供:財団法人文化台湾基金会)

ワンチームで新しい日本をつくる

―― 企業がJANEに参画する意義をどのようなところに感じますか。

ひとつはJANEに参画し積極的に活動することで、今の日本経済を支え、発展させ、改革していこうとしている企業の経営者の方々と様々な交流ができることです。その交流から新たなビジネスの芽を生み出し、自身のビジネスの発展へとつなげられる可能性があります。

もうひとつは、規制改革や、国への提言を政策に反映させることで自分の事業を発展させようとする際、一企業だけでぶつかっていくには限界がありますが、JANEを活用することで、団体としてきちんと提言をまとめ、政策に反映させていくことができます。JANEとして政策を提言することで、自分たちの企業の発展を阻害する規制を排除し、新しい国の方針に反映させることができると考えています。

会員企業の幅も広くなっており、最近では大企業の加盟も増えています。大企業もこれから大きな変革を迫られる時期です。利益を上げるといった従来の基準だけでなく、ESG投資、SDGsなど社会性を持った視点が企業経営に求められています。そういったトピックについても真摯に議論することができる場が、JANEです。経営者たち自身がさらに成長し、それぞれが自社をさらに発展させるためのひとつの場となるのではないかと思います。

―― JANEの活動を進める中で難しいと感じる点はありますか。

正しいことが正しく実行されるというのは、非常に難しいことです。さらに、既存の利害関係を持った人たちがいる状況の中でしがらみをきちんと断ち切って正しいことをしていくことは、さらに難しいことだと思います。日本では、審議会や委員会を作り、様々なことについてそれなりに議論はされているのですが、実装にたどり着くまでに様々な階層で課題をひとつひとつ乗り越えなければなりません。

先日、ある著名な外国の方とお話する機会があり「日本はすごい」と言われました。何がすごいかと言いますと、実行力のなさが「すごい」のです。少子化対策なんて1990年代から議論されているのに、今になっても具体的な打ち手がほぼ何も打てていない。日本のデジタル大国化に向け、2000年はじめに大方針を掲げ言い続けてきたのに、もう世界から日本は取り残されている。日本は本当に実行力がない、と言われてしまいました。

諸外国には、スピード感をもって改革していかなければ生き残っていけないという危機感が非常に強くあります。一方日本は、中途半端に国内市場が大きいものだから、スピード感もなくぬるま湯の中で相互に依存し合いながら、既存の秩序を守ってやっていくことでなんとかなってしまいました。その間に世界の国々は、スピード感をもって変革を進め、日本が様々な分野で取り残されています。日本には可能性があるのにとても残念なことです。

アートの力で経済に刺激を

―― アート同好会をはじめたきっかけを教えてください。

この活動をはじめたきっかけには、スポーツ業界での原体験が関係しています。2004年に楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)により、株式会社楽天野球団が設立され、2005年から「東北楽天ゴールデンイーグルス」の日本プロフェッショナル野球組織(NPB)での活動がスタートしました。

新規の球団の立ち上げのため、それまでのプロ野球界の常識を知らない状態です。既存の業界の常識にとらわれずビジネスとして業界に提案すると、当初は全く話が通じませんでした。例えば放映権について、ビジネスの感覚では球団が持っているべきと考えますが、当時の放映権はテレビ局にありました。私たちは、将来のインターネットの発達などで生まれる新しい利用形態も想定し、球団が放映権を持つべきと主張しました。自分たちの権利であることで、はじめて主体的に動くことができます。この主張が認められ、楽天野球団は、自ら放映権をもつ初の球団となりましたが、今ではパ・リーグ6球団全てが、それぞれ放映権を持つようになりました。

このように、プロ野球をビジネスとして捉え、自分たちが創り上げた価値を収益化して循環させ、市場をさらに発展させることの大切さを主張してきました。私は2008年から2012年まで、パ・リーグの理事長として6球団をまとめ、改革を前に進めることで、プロ野球の活性化に尽力しました。

その次に活性化できる分野として目をつけたのが、アートの分野です。文化や芸術の分野でも、中身はいいものを持っているのに、ビジネスとしてはうまく機能していないことも少なくありません。日本の文化芸術の分野でも収益化につなげる思考を持てるよう変革していくことを目的とし、2014年に一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン(CVJ)を立ち上げました。

スポーツの世界での成功体験を得たこと、また、これまでのCVJの活動を通じ、アートも企業を変革するひとつのツールになると強く感じたことから、JANEの中でもアート同好会を立ち上げてみようと考え、2020年から活動を開始しました。

―― アート同好会ではどのような活動をされているのでしょうか。

JANEの経営者の方々と美術館に訪問し、様々なディスカッションを行います。先日は森美術館に伺い、現代アートを鑑賞しました。現代アートは説明を受けるかどうかで見方が大きく変わりますので、館長にポイントをおさえて説明いただきました。鑑賞後は、美術館と企業の結びつきについて議論しました。企業が美術館をうまく活用できる方法や、美術館がアートを通じてどのように企業活動に貢献できるかなどについて、意見が飛び交いました。

アートを企業活動にうまく取り入れている企業に、街の再開発を行うディベロッパーがあります。アートを軸とした街づくりを目指し、街全体で様々なアートを生かした活動を行なうことで、街の活性化や、街の価値を向上させる活動に取り組んでいます。

その他にも、世界から評価される創造力と技術力を持つクリエイティブ集団に対してスポンサードすることで、企業活動に繋げていこうとするベンチャー企業もありますし、アート関連の賞を設け、受賞作を本社内に展示することで、社員と来客者の対話を生み出したり、社員のクリエイティブ性へのインスピレーションを促したりする企業もあります。それぞれの企業でアートを取り入れる可能性は、組み合わせ次第で様々です。企業全体や社員ひとりひとりが成長していく一つのツールとしてアートは有効活用でき、企業が新しい社会性をもって発展していく可能性を秘めています。

現代アーティストやメディアクリエイターといった、創造力豊かな精神を持った方と接する機会はあまり多くありません。そういった日頃の企業活動と違う分野の方々と接することで、自分たちが活動していくうえでのヒントが生まれます。アート同好会の活動を通じ、JANEに参加している方々に、現代アートやメディア・アートに触れていただくことで、アートの難解な点や、企業や社会への批判も受け止めながら、自分たちの企業がどう成長していくべきか、考えるきっかけになることを願っています。

<参考>
アート同好会 第一弾の様子はこちらをご覧ください。
【CVJ×新経済連盟】挑戦しつづける力 -アナザーエナジー展 世界の女性アーティスト16人から考える-の様子はこちらをご覧ください

アート同好会 第一弾の様子

―― 最近ではSOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021にも登壇されていました。

CVJでは、内閣官房や文化庁の政策支援も行っており、文化・芸術で経済を作る視点から様々な活動に取り組んでいます。社会性のある活動への企業の積極的な参加が、日本経済の活性化に重要な要素であると考えています。渋谷区は、地域課題を解決するような活動を区域の企業に広めるべく積極的に活動しており、SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021(SIW)もその一環です。今回は、CVJとJANEが一緒になって「渋谷カルチャーヴィジョン〜都市と企業が紡ぐ新しい文化と経済」をテーマにプログラムをつくりました。渋谷には文化の発信地とするための都市インフラが溢れています。街づくりや社会課題の解決に企業が参加することで実現できる新たなカルチャーや経済を発展させる仕組み、変革についてディスカッションしました。

<参考>
イベントレポートおよびアーカイブ動画はこちらをご覧ください

渋谷区のような人口や経済規模の大きな自治体だけでなく、地方の自治体でもアートは活用できます。一例を挙げると、奈良県の吉野地域で開催されている奥大和芸術祭では、自然と調和したインタラクティブなアートを通じ、地域の人々や外からの若い参加者同士の交流を促すような施策が取り込まれています。アートで経済を作るという思考を持つと、工夫次第で様々なやり方が考えられます。

スポーツが経済活動に大きな影響を与えたように、アートも経済活動に対して大きな可能性を秘めているのです。

SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021
(c)SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021

教育を変え、次世代の日本を変える

―― 早稲田大学ビジネススクールにて約10年、客員教授も務めていらっしゃいます。この10年で学生にも変化が見られますか。

ビジネススクールでは、ベンチャービジネスに関する講義を行っています。ベンチャービジネスを起こした方々にお越しいただき、学生とともにディスカッションしてもらう内容です。10年前とは参加する学生の意識が大きく変わってきていることを感じています。以前は、大企業を目指している学生が多く、興味本位でベンチャー経営者の話を聴いてみよう、という意識で参加している印象でしたが、現在では自ら積極的にベンチャービジネスを起こすことについて関心を持った学生の参加が多く見られます。日本や世界を変えたいという社会的課題解決の視点から、ベンチャースピリットを持って世の中と関わりたい、という人も増えています。

今の学生は、大企業に入社したからといって、そこでいわゆる定年まで勤め上げるとは思っていません。ベンチャースピリットを持っていないと、これからの世の中に対応できないと思っている学生や、社会的な活動に関わりたいという学生も多くいます。

私の講義では、相互にディスカッションしながら考える機会を与えられるような展開を心掛けています。自分の将来設計を考え直すひとつのきっかけを与えるとともに、将来の選択肢は、大企業で出世するだけでもない、ベンチャーとして起業するだけでもない、多様な生き方があるということ、そしてその生き方が尊重される社会が来るんだということをそれぞれの学生が考え、共有し合える場を作るようにしています。

JANEにもこの10年の間に、大企業など伝統的な企業も参加するようになり、企業の規模にかかわらずベンチャーや大企業、それぞれの経営者がフラットに議論できる場となってきました。中には、他の経済団体にもJANEにも参加している企業もあります。その企業の経営者にJANEのいいところを尋ねると、スピード感をもって、実際に政府に対する働きかけを行う実行力があるところだとお話されます。その持ち味をこれからも積極的に追求していきたいですね。

―― よりよい日本のために、今後何が必要でしょうか。

今までの日本はスピード感がなく、実行力も弱い。そこを認め改める必要があります。

ビジネススクールを卒業した学生からは、大企業に戻ると従来の慣習に阻まれて思ったように物事が進まないとの話を聞くことがあります。組織の規模が大きくなると、いくら危機意識の高い経営者のもとでも、中堅幹部や現場では従来の慣例に従いがちになります。その背景には、リスクを取らないほうが出世しやすいという大企業の仕組みがあります。

JANE加盟企業のそれぞれが変革することで全体としてより強くなり、優秀な学生をこれまで以上に引きつけるようになると、事実上、日本経済が改革されていくことも起こり得ます。

トップマネージメント層が変革への仕組みを創り、現場まで浸透させ、現場で実装と改革をしていく体制を創ることが最も大事なのではないかと思います。

―― 最後に、井上幹事の夢についてお聞かせください。

様々な活動を長年行ってきた中で、活動がより公益的、社会的になっていると感じています。その中でも、次の世代を育てる活動、教育が日本の基盤になると思います。教育の業界において、文部科学省や、実務を担う地方自治体、現場の先生方の意識をどう改革していくか、新しい技術を持った人たちにどのように教育現場に入ってもらうのかなど、改革すべき点はたくさんあります。教育を変えていかないと、日本は変わりません。日本を変えるためにも、教育を変え、次の世代のための規制改革を積極的に行っていきたいです。

その先には、日本が、イノベーティブな思考やベンチャースピリット、創造性を重視し、多様な生き方や考え方を尊重する、よりよい国になっていることを願います。

幹事 井上智治(いのうえ・ともはる)

株式会社井上ビジネスコンサルタンツ 代表取締役
一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン 代表理事

1978年東京大学法学部、2007年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士卒。1980年~1994年まで弁護士業務を行う。1994年に株式会社井上ビジネスコンサルタンツを設立、代表取締役就任。主に経営戦略、M&A、新規事業創業等のアドバイザリー業務を務め現在に至る。2005年~2020年東北楽天ゴールデンイーグルス・オーナー代行。2008年~2012年パ・リーグ理事長。2015年一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン(CVJ)代表理事就任。CVJは日本の文化芸術分野のクリエイティブ、産業、行政、学術のメンバーが集うプラットフォームとして、様々な文化芸術分野での価値共創事業や文化経済戦略事業を行う。また、現在、日本スポーツ産業学会理事長、株式会社楽天野球団取締役、株式会社美術出版社取締役会長、早稲田大学ビジネススクール客員教授なども務めている。

株式会社井上ビジネスコンサルタンツ http://www.i-bc.co.jp/
一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン http://cvj.or.jp/

文・編集 / 木原 杏菜(きはら・あんな)

鹿児島県出身。PR代理店にてPRコンサルタントとして活動後、楽天株式会社の広報部にて新規サービスの広報に携わる。その後freee株式会社に転職しスタートアップの広報を経験後、独立。企業や団体の広報活動支援や、ライティング業務などを行っている。

ページトップ写真( 2021年CVJ共催/日台文化交流事業「Taiwan Now」オープニングセレモニー、提供:財団法人文化台湾基金会 )

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