東急/野本弘文 進化するメディアで「常識」を変革していく。 世界を驚かす仕掛けを生むビジョンとは【前編】

鉄道事業者やデベロッパーとしての顔だけでなく、近年ではMaaS事業でも移動手段のシームレスな観光実現に奔走するなど常に数歩先の未来づくりに挑む東急株式会社。一方、渋谷駅周辺の再開発では屋上展望施設が大きな注目を浴びた「渋谷スクランブルスクエア」の建設など、世の中をあっと驚かす仕掛けを次々に生み出しています。

その仕掛け人ともいえるのがJANEの幹事であり、東急株式会社 代表取締役会長の野本弘文氏。インターネット黎明期からメディアに精通する野本氏は、日々進化するメディアとリアルを融合することで「不可能と考えられてきたことが可能になっていく」と語ります。街づくりや観光業、エンタテイメントから教育まで、ポストコロナを見据えたビジョンを伺いました。
前編と後編に分けてお届けします。

後編はこちら

取材日:2021年5月25日
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
▼新経済連盟 https://jane.or.jp/​

目次
1.刺激される場としてJANEを活用してほしい
2.「エンタテイメントシティSHIBUYA」で世界を驚かす
3.リモートワークは慣れることで進化する

刺激される場としてJANEを活用してほしい

―JANEに加盟され、幹事になられたきっかけと経緯を教えてください。

JANE代表理事の三木谷浩史さんからお誘いいただいたのがきっかけです。私も2015年から幹事に就任しています。今さらこういったところに出る立場ではないと思いながらも、興味があるものに対しては「何でも見てみよう」というスタンスなのでお誘いをお受けしました。

―JANEの活動において大切にされていることをお聞かせください。

30年くらい前に東京急行電鉄(現:東急)に「ニューメディア課」ができて、初代課長になったのが1991年。ケーブルテレビや衛星放送などを担当しました。当時パソコン通信の速度も1.2Kから2.4Kにようやく進化した頃です。メディア事業に従事した16年間、アメリカのシリコンバレーにも何度か行き、現地にサーバーを置いてくることもしていました。

インターネットのプロバイダ事業も手掛けていた当時、メディアをリアルや実業とどのように融合させるか、と構想を練っていました。当時、企業の多くは「リアルだけでいい」という傾向にあった一方、起業した方はメディアを使って利益を上げることに一生懸命。大企業とベンチャー企業を結び付けたいと働き掛けても、大企業の幹部らは難色を示していました。

JANEはまさに、大企業とベンチャー企業が共に育つことができる場所。私もこれからの時代を背負うみなさんと活動できると思い、お付き合いさせていただいています。当社の若い社員にも、JANEのセミナー等には積極的に参加するよう言い続けています。自分が刺激される環境は貴重ですから大事にしたいですし、社員にも「いっぱい学んで来なさい」と伝えています。将来的には参加企業同士で起業することにも期待しています。

「エンタテイメントシティSHIBUYA」で世界を驚かす

―東急といえば、渋谷駅周辺の再開発が大きな注目を浴びています。街づくりと観光をどのように一体化させていくのか今後の展望をお聞かせください。

私はメディア事業の最後、グループ会社の「イッツ・コミュニケーションズ」の社長に就任し、インターネットやメディア配信事業を手掛けました。街づくりに興味があり、元々は土木屋でもありましたので「街づくりにはメディアが必要」と考えていました。メディアを組み入れることで街を活性化させ、観光客の増加にも寄与すると言い続けていました。
例えば、東急田園都市線の二子玉川駅は「デジタルコンテンツの殿堂にすべきだ」と提案していました。2007年にイッツ・コミュニケーションズから東急へ戻り、二子玉川、渋谷の街づくりに本格着手しました。

人が来たくなる街にするためには特徴が必要です。「二子玉川はクリエイティブシティであり、デジタルコンテンツの殿堂にしよう」と開発を進めました。渋谷はどうするか。渋谷駅周辺は歴史的にもライブホールや映画館が日本で一番多く集まっていた土地。NHKや渋谷公会堂、文化村などエンタテイメントが集積していました。これを街づくりと結び付け、「エンタテイメントシティSHIBUYA」を掲げて、日本で一番訪れたくなる街づくりをしようと考えていました。

全ての街づくりは「回遊でき、オープンであること」がポイントです。待ち受けるのは東急百貨店本店の跡地開発。本店に隣接する文化村から渋谷駅への通りはブロードウェイのような位置づけをしていきたい。全部つながって連携できる仕組みやテーマが必要で、そのためにはメディアの力が非常に重要です。

観光の視点でも、街には少なくとも3か所は見どころがないといけないと常々考えています。渋谷にはハチ公やスクランブル交差点はあるが3つ目がない。ですから渋谷スクランブルスクエアをつくるとき、大展望台を提案しました。かなりの人が反対しましたが、インバウンドを含めて多くの人たちが遊びに来る、行きたくなる仕組みや仕掛けを作ろう、と。新型コロナウイルス感染被害が拡大する前は1日1万人が来場するほどの盛況ぶりでした。

他にも、びっくりしていただける仕掛けをいくつか検討しています。世界から人を呼び込むにはそれくらいのことをする必要があるのです。

渋谷駅周辺再開発プロジェクト(東急株式会社公式サイトから引用)

―野本会長のアイデアの源泉はどこにあるのでしょうか。

幼い頃から面倒くさがりなので「あれがあったらいいな」「どうしたら楽ができるかな」と考えていました。転じて「皆さんは何があったら楽しいか、快適か」「どんな状態であれば豊かさや幸せを感じるか」という視点で考える習慣があります。いまはメディアの力を使って探したりすることもでき、あっという間にその方向性が見えてきます。

―メディアの在り方もどんどん変わってきていますね。

ここでいうメディアは手段や媒体のことです。今後は何が求められるか。例えば、大きな画面に人が実寸大で映し出され、まるで目の前に本人がいるかのようなコミュニケーションもできるようになる。メディアの在り方の変化に伴って、オフィスの在り方も変わるでしょう。自宅からすぐ近くのシェアオフィスでもいいし、スモールオフィスでもいいし、各企業が持っている50平米のサテライトオフィスでもいい。私たち交通事業者には困る話ではありますが、行き来しなくてもコミュニケーションの目的を達成できる。当社としても、これまで通勤通学に割いていた時間を他の楽しみに使っていただけるような仕掛けづくりを進めています。

―御社が手掛ける観光型MaaSは、鉄道事業者としての顔をお持ちの御社ならではの強みだと思います。こうした事業の今後の展望をお聞かせください。

私たちは民間17社とともに北海道内の主要7空港を運営する「北海道エアポート株式会社」に出資しています。北海道の街づくり自体、東京急行電鉄(現:東急)の創業者ともいえる五島慶太の時代から関わっており、北海道のバス会社は一時多くを東急が運営していたこともある思い入れがある土地です。

北海道では、例えば、飛行機で、新千歳空港から入ったとしても、レンタカーで移動して旭川空港や女満別空港から帰ることができます。景勝地でのドライブを楽しんでからホテルや駅に車を乗り捨てし、観光列車に乗るなどして自由に旅することができるのです。メディアが発展すれば、シームレスに交通機関を替えて移動するためのギャザリング・マッチング・シェアリングの仕組みが簡単にできるという思いがありました。

その後、世の中にMaaSという考え方が広まってきました。これからはホテルや駐車場、運転手や通訳が全てメディアを通じて簡単にマッチングする時代が来ます。お年寄りや海外からのVIPも安心して旅行できるようになります。

MaaSはあくまで手段であり、わざわざ行きたくなる仕掛けを考えることが大事です。メディアを使うことでコストや時間の面で今まで不可能だったことが可能になり、地方再生や観光の在り方は従来とは全く違う形に変わっていきます。例えば、地域の観光は観光業者が一方的に手掛けてもだめで、地方自治体や地域の方と一緒に取り組むことが重要です。地域の方にご協力いただければ普段の観光だけでは見られない、一番良いところを紹介してもらえる可能性があります。今は、ある地域のふるさと納税を利用した人にはその町の観光資源が見られるような観光の仕組み作りができないかと社内に提案しています。

リモートワークは慣れることで進化する

―新型コロナ問題を受けての働き方やライフスタイルが変わってきていることについてどのようにとらえていますか。

事業によってはリモートでできるものもあるしできないものもある、作家なら旅館で執筆することもあるでしょう。川端康成が伊豆で小説を書く、などは昔からあるワーケーションだったわけです。

働く場所や方法には今後、3通りができていくと思っています。1つ目は本社(コアオフィス)、2つ目は仲間内(サテライトオフィス)。100インチクラスの画面をネットでつなげることで、この2か所同士は快適に会議ができます。3つ目は、シェアオフィスもしくはホームオフィスをバランスよく使い分けていく方法です。

当社では私が社長だった6年前、社内に起業家支援制度というのを創り、社内で新規事業を募集しました。その中の一つで2016年にできたのが「NewWork」という法人向けの会員制シェアオフィスネットワークです。コロナ禍によってさらに会員が増え、利用者も増えています。

リモートワークによって生産性は現段階では落ちると思っていますが、いずれ慣れることで進化すると思います。在宅勤務中、合間にテレビを見たり外出したりして息抜きをする方もいらっしゃるでしょう。人によって時間配分はさまざまで、業務内容によっては息抜きを多めに取ったほうが効率が上がる仕事も出てくる。成果に対する評価制度も業務内容によって変わってくると思います。

一方、現実的に現場で人手が必要な仕事もあります。私たちの会社で言えば、鉄道の駅員や百貨店店員という職種はリモートワークに適さないでしょう。だから、社内でリモートワークを推進する場合も、職種によって違うということは気を遣わなければならない部分です。

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野本 弘文 幹事(東急株式会社 代表取締役会長)
1947年福岡県生まれ。1971年早稲田大学理工学部卒業後、東京急行電鉄(現:東急)に入社。2004年イッツ・コミュニケーションズ取締役社長、2008年東京急行電鉄専務取締役、2011年同社代表取締役社長、2018年同社代表取締役会長(現任)

東急株式会社は、2022年に創立100周年を迎えます。創業以来、鉄道を基盤としたまちづくりを中心に、事業を通じた社会課題の解決に取り組んでまいりました。現在においても、「美しい時代へ」というグループスローガンのもと、“サステナブル経営”を基本姿勢として事業を推進しています。
東急株式会社 https://www.tokyu.co.jp/index.html

文・撮影・編集/Finds JANE 編集チーム
「Finds JANE」は、理事・幹事、各界のリーダーや注目を集める人へのインタビューを通じて、政策提言活動などの取り組みや、未来の社会像、夢などを広く発信するブログメディアを目指し、新経済連盟(JANE)がお届けします。
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