テクマトリックス/由利孝 IT人材の偏りがデジタル化を阻害。国全体のデジタルシフトを実現させるために

新経済連盟(JANE)理事/由利 孝(テクマトリックス株式会社 代表取締役社長 )

「より良い未来を創造するITのプロフェッショナル集団」として、業界の慣習や事業構造を創造的に破壊し、日本のITサービス産業における真のサービスクリエーターを目指している、テクマトリックス株式会社。医療やCRM、教育など特定領域に向けたクラウドサービスや、高度なサイバーセキュリティ技術などを提供しています。

変革者のトップランナーとして、1984年の創業以来挑戦を続けている同社の代表取締役社長で、JANE理事を務める由利孝氏に、日本のデジタルシフトを実現させるには何が必要なのか、お話を伺いました。

取材日:2021年1月18日

目次
1.デジタル化が進まない医療や教育の世界を変える
2.日本のIT人材の偏りが、デジタル化を阻む
3.マイナンバーカードに必要なのは、民間サービスと同等の利便性とメリット
4.民間目線、国民目線で国のデジタルシフトに貢献

▼ハイライト動画(約40秒)

デジタル化が進まない医療や教育の世界を変える

――由利理事が新経済連盟(以下、JANE)に加盟したきっかけと 、テクマトリックスの事業内容について教えてください。

JANEの代表理事である三木谷浩史さんとは、楽天市場の立ち上げをお手伝いしたときからのお付き合いで、2001年から2015年まで楽天からの資本を受けるなど、近しい関係にありました。だから、三木谷さんを中心に立ち上げたJANEの活動に、少しでも貢献したいと思ったのが加盟のきっかけです。

テクマトリックスは、1984年に創業したITサービス企業です。日本のITサービス産業は受託を中心とした開発会社が多いのですが、我々は医療やCRM(顧客関係管理)、教育など特定の領域に特化したクラウドサービスと、先端技術のサイバーセキュリティ関連事業を展開しています。

――医療や教育は、デジタル化が進まない領域ですが、その分、成長の余地が大きい領域とも言えそうです。

医療の世界における課題は、複雑な業務プロセスの効率化や医療情報を活用したより良い医療の提供のためにIT技術の活用がまだあまり進んでいないことです。法律の縛りも厳しかった医療情報の活用についても、徐々に法律の改正が進んでいます。医療の世界でデジタル技術をもっと活用できれば、蓄積されたデータに基づく診断支援や新薬開発などさまざまな可能性が生まれてくるので、人類としての期待値も大きな領域です。

教育に関しては、教育そのものを大きく変えるべきだと考えています。従来のように、同じ年齢の子どもに同じ教育コンテンツを一方的に教えるのではなく、一人一人の学習の進捗度合いに応じて最適な情報を提供し、個人がアクティブに授業に参加できるようにする必要があると思います。

今は、全生徒一律に平均的な内容を教えているから、既に習得している生徒は学校に行っても面白くないし、習得できていない生徒はついていけない。この二極化を解消するには、根本から考え方を変える必要があります。国や行政が意思を持って変革していくことはもちろんのこと、教育の現場におけるITシステム基盤も必要不可欠です。

学校の先生が生徒一人一人の状況を紙で管理するのは非常に困難なため、新しい学びに対応したITシステム基盤を教育の現場に導入することで、アクティブラーニングを提供する環境を整え、日本の教育の未来に貢献したいと考えています。

日本のIT人材の偏りが、デジタル化を阻む

――由利理事がJANEで力を入れている活動について教えてください。

株式会社クラウドワークス代表取締役社長 CEOの吉田理事と一緒に「グランドデザインプロジェクトチーム」をリードしており、私は「デジタルを使った新しい社会」を目指し国に提言する活動をしています。例えば、マイナンバーシステムの徹底的な活用、政府・自治体のIT調達の見直しなど、国全体がデジタルシフトに対応するための施策の提案です。

日本は中央省庁も地方自治体もデジタル化に関しては課題が山積しています。それが国民への実害として露見したのが、コロナ禍での給付金の振り込みに莫大な時間がかかったことだと思います。国と地方自治体がデジタルでつながっていないから、国から送られた申請情報を、地方自治体は紙に出力して手で入力し直すというアナログな作業をしていました。

今まで、国と地方自治体で分権を進めてきた歴史はありますが、デジタルが前提になれば、国で集約化した方がいい業務もたくさんあるはずです。デジタル化を進めるためには、国全体の業務と地方自治体の業務を、その役割分担から見直す必要があるのです。

――行政にIT人材がいないというのも問題を加速しているように思います。

その通りです。特に地方自治体ではIT人材が不足しているため、システムの開発・導入をシステムベンダーに丸投げしてきました。自治体ごとに業務内容の違いはあっても共通業務はたくさんあるのだから、本来は共通のシステムを活用した方が効率的ですし、コストもかかりません。

でも、IT人材がいない状態では判断することができず、各自治体が独自のシステムを保有し運用するオンプレミスの仕組みをバラバラに作ってしまったのですね。しかも、使い勝手は良くないし、不具合が出る度にベンダーへの改修の発注が必要になり、改善までに時間とコストがかかるという負のスパイラルに陥っているわけです。

中央省庁も同じで、省庁ごとにバラバラのシステムを使っているので、主要なシステムの一元化は必至。これから創設されるデジタル庁は、相当な覚悟とスピード感を持って根本からITシステムを見直さないと、日本は大変なことになるという危機感を持っています。

――IT人材の不足以外にも問題はありますか。

日本のITサービス産業の課題でもあるのですが、日本はIT人材のうち約7割がシステムベンダー側にいるといわれています。だから、事業者側(自治体)が自分たちで開発することができず、結果的にベンダーに丸投げしていました。

欧米の場合は逆で、約7割のIT人材が事業者側にいるので、自分たちで考えて開発しています。もちろん、中央省庁には専門性のあるIT人材は一定数いますが、全体で見たときのIT人材の偏りが、日本のデジタル化を阻んでいるのは間違いありません。DX(デジタルトランスフォーメーション)は、システム開発を内製化していかない限り実現が難しいと思います。

写真は過去に撮影したもの

マイナンバーカードに必要なのは、民間サービスと同等の利便性とメリット

――JANEはマイナンバーカードの浸透に関しても提言をしていますが、なかなか普及していないように思います。その理由は何だとお考えでしょうか。

コロナ禍で従来のペースよりも普及のスピードは加速していると思います。一方、これまで普及スピードが遅かったのは、マイナンバーカードを持つことのメリットが具体的に提示されていないからです。健康保険証や免許証として使えるようにするという話もありますが、今までの健康保険証や免許証がこれからも継続して使えるなら、マイナンバーカードを申請するメリットは少ないでしょう。

それから、利便性が国民目線で考えられておらず、民間のサービスレベルとは比べものにならない仕組みになっているのも大きな要因です。例えば、クレジットカードは申請してから1週間くらいで手元に届きますが、マイナンバーカードは申請してから手元に届くまでに何ヶ月もかかります。そもそもこの時間軸は民間の感覚からするとあり得ないことです。

同じように、マイナポイントも、改善の余地が大いにあります。私もトライしましたが、オンライン申請の仕組みは複雑かつ面倒で、きっと申請しようとして途中で諦めた人も結構いるのではないかと思います。

デジタル化は最初から最後までデジタルで完結しないと意味がなく、途中で手作業が挟まるような中途半端なデジタル化では効果を発揮できません。マイナンバーカードの仕組みを民間のサービスレベルに設計し直して、イメージを挽回しないといつになっても普及しないと思っています。

――個人情報の活用に対する過剰な反応も、申請が増えない要因のようです。

日本では、12桁の番号の使われ方は明確に法律で決められていて、限定されています。しかも、芋づる式に個人情報が参照されないよう、機関別符号という複雑な識別子を通してしか情報保有機関の間での情報参照はできません。情報が暗号化されて連携されるようになっているので、セキュリティの強度は国際的にみても非常に高いです。

さらに、12桁の番号とICチップに内蔵された公的個人認証は全く別の仕組みですが、それも国民にはあまり認識されていないから、マイナンバーカードを持つと危険だと誤解されていたのだと思います。

既に多くの国で国民の番号システムがあり、有効活用されています。日本にも個人を識別し、個人を認証する基盤ができない限り、行政の手続きは簡素化されません。非常に難しい課題ではありますが、民間のサービスレベルと同等の利便性とメリットがあり、みんなが活用できる状態に持っていく必要があると思っています。

「デジタルファースト社会に向けた法案への期待と要望事項」の提出の様子(撮影:2019年2月)

民間目線、国民目線で国のデジタルシフトに貢献

――デジタルシフトは日本にとって喫緊の課題だと思います。これから由利理事が注力していくことを教えてください。

国全体のデジタル化を実行するには、デジタル庁のリーダーシップが必要不可欠です。JANEとしては、国民が期待する方向にデジタル庁が進むよう、国民目線で提言しながら貢献したいと考えています。

人材面に関しては、IT人材を国家公務員として採用するための処遇や働き方を含めた枠組みづくりと、民間からの支援の両方が必要なので、協力できることは全力でしたいです。加えて、地方自治体ではIT人材の採用が難しいので、国と地方自治体、民間でIT人材が柔軟に流動するような仕組みが、デジタル化を進めるためには必要だと思っています。

日本のデジタル化が周回遅れであることは事実ですが、遅れていることは悪いことばかりでもありません。各国の成功事例と経験のある海外人材をうまく活用できれば、山積した課題を一気に解決できる可能性も高い。現状、国家公務員は日本人に限られているので、どこまで踏み込んでいけるかが鍵だと思っています。

政府は、今後5年以内に中央省庁のバラバラなシステムをクラウド化し、その後、地方自治体を変革するようですが、これだけ変化の激しい時代に、正直5年先は遠い。全体を理想的な状態にするのは難しくても、3年後には部分的にでも成果を出せるよう、メリハリをつける覚悟も必要だと考えています。

いずれにしても、デジタル化の波は既に来ていますし、日本は早急に対応していく必要があります。そのためにも、民間企業目線と国民目線、そしてグローバル目線を持って、国のデジタルシフトに貢献していく所存です。

新経済連盟(JANE)理事/由利 孝(テクマトリックス株式会社 代表取締役社長)

早稲田大学理工学部建築学科卒。ニチメン株式会社(現:双日株式会社)入社。
2000年に39歳でテクマトリックス株式会社の代表取締役社長に就任。ITバブル崩壊を乗り越え2005年にジャスダック上場、2013年に東証一部上場、これまで18期連続増収を達成する。サイバーセキュリティ、医療IT分野等の知見を活かし、新経済連盟のグランドデザインプロジェクトチームのチームリーダーとして、日本全体のDX推進のため様々な政策提言を実施。趣味はお酒と音楽鑑賞。

テクマトリックス株式会社 https://www.techmatrix.co.jp/index.html

文・編集/ フリーランス編集者 田村朋美
2000年に新卒で雪印乳業に入社。その後、広告代理店を経て個人事業主として独立。2016年にNewsPicksに入社。BrandDesignチームの編集者を経て、現在は再びフリーランスのライター・編集として活動中。スタートアップから大企業まで、ブランディング広告やビジネス記事を得意とする。

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