新経済連盟が日本の変革(JX=Japan Transformation)に向けたメッセージを打ち出す周年イベント「JX Live!」。今回は当日行われたセッション「教育とAI~AI時代に問われる”NI”の力~」における議論の様子をお送りします。本セッションでは、AI活用が急速に進むいま、学校教育はどうあるべきか、子どもたちがAIを使いこなすために不可欠なNI(自然知能)の重要性と教育の未来について、徹底した議論がなされました。
【登壇者】
犬塚 美輪(東京学芸大学 副学長 教育心理学講座教授)
岩岡 寛人(文部科学省 初等中等教育局教育課程課 学校教育官)
船津 康次(新経済連盟 幹事・次世代教育WG座長/トランスコスモス 取締役 相談役)
船津:まずは文部科学省にて現在議論されている、学習指導要領の改訂における生成AI利活用の議論や、学校教育における生成AIの利活用に関するこれまでの取組や今後の方向性について、岩岡さんにお伺いします。

岩岡:文部科学省では、令和4年にChatGPTが公表されたのち、ガイドラインの作成から始まり、研修教材の作成やモデル校での取組、分野特化型のAIの実証などの取組を行ってきました。生成AIの利活用ガイドラインにおいては、「人間中心の利用」を基本的な考え方として、最終的には人間が判断し責任を持つことや、教育の目的を達成する観点から効果的であるか吟味することの重要性を記載しています。ただ、現行のガイドラインは抽象的であるため、具体的な学習場面でどのように判断するかという観点から改訂をしていきたいと考えています。また、改訂の前提となる社会の認識として、AIが雇用構造を変えていってしまったり、偽情報の拡散等が民主主義の基盤を揺るがしたりしているといった実態もあると思っています。そのため、情報活用能力の抜本的強化が重要ですし、産業構造の変化に対応して、エッセンシャルワークにおいてもAIをはじめとするデータや情報技術を活用して生産性を上げられる人材を育てていくことが重要です。一方で世界トップレベルのイノベーターも育てていく、こうした幅広い観点から情報活用能力を抜本的に向上していきたいと考えています。具体的には、小学校では総合的な学習の時間で「情報の領域」を新設して情報技術の活用が探究的な学びになることを実感してもらい、中学校では「情報・技術科」を新設し、よりテクノロジー観点の学びを深めていきます。さらに高校では情報というバーチャルの世界だけで技術を自らが作っていくという、小中高の3段階で情報教育を充実していきます。このように情報の活用や適切な取扱いに加えて、その背景にある情報技術の特性の理解の3つをバランスよく学んでいくことが必要です。その上で、大学ではAIの応用を学ぶ。全ての子どもたちがアドバンスド・エッセンシャルワーカーとしての必要な資質能力を育むことを目指し、高校卒業後も子どもたちがデータサイエンスやAIを基礎として、日常生活で使いこなせるようになるためのカリキュラムを検討しています。

船津:一方、AI時代においてこそ必要な子どもたちの力とは何なのか、犬塚先生の観点からお話しいただけますか。
犬塚:AIを使う場合であっても、責任を取ったり最終的な判断は人間がしなければなりません。そのためにまず、人間はどのように情報を使っているかを知る必要があります。一般に、頭の中には引き出しがあって、何か話したいことがあるときは引き出しを開けてその情報を使っているとイメージされやすいですが、心理学や神経生理学の知見に照らすとこれは適切なイメージとは言えません。人間の頭の中は情報と情報がつながり合ったネットワークになっており、思い出したいこと、話したいことがあるときには、情報のネットワークを使ってたどりついているというのが近いイメージです。例えば、新しい情報が、自分の頭の中にもともとあるネットワークにうまく位置付けられてつながった時、これが「わかった」「覚えた」ということになります。一方、新しい情報に関連する情報が頭の中にないと、ネットワークにつながりません。この場合、その新しい情報は、その場では使えるかもしれませんが、あとになると思い出せない、使えない情報になってしまいます。一方で、ここで「つながらない」と気づくことは,その新しい情報の間違いを指摘する契機にもなります。つまり、学ぶことや、理解すること、批判することにはその情報に関連する知識が前提となっていると言えます。情報活用能力を育てることは大事ですが、それだけでは情報を活用できません。AIを使うときには、その前提となる人間の「NI(自然知能)」が必要で、結局のところ人間が身に付けなければならないことは、これからも変わらない、といえるのではないでしょうか。

船津:今回は学校教育をテーマにしていますが、先生のお話を伺っていると、私たち自身のように、企業で働く人もNIを考えるべきだと感じます。
犬塚:おっしゃる通りです。大人はAIがない時代に学生時代を過ごし、就職した後も一生懸命学んで知識を作ったからこそ、AIを便利に活用できています。しかし、初めからAIに労力を肩代わりさせて学びの過程をショートカットしてしまうと、頭の中に情報が作られず、結果としてAIを使えない人間になってしまいます。例えば、会社に新しく入ってきた人に「AIを使ってまとめておいてよ」と言って、出てきたものがズタボロ、という経験があると思います。それはAIを使えないからではなく、AIを活用するために必要な、仕事に関連する知識がないからという部分が大きいと思います。
岩岡:本日は情報活用能力の話からスタートしましたが、「知識」という重要なキーワードが何度か出てきました。次期学習指導要領が目指しているのも、まさに知識観のアップデートについてです。「知識」という言葉は、複数の意味合いで使われていて、一つは、情報の単純な記憶という意味での知識、もう一つは先ほど犬塚先生が仰ったような、頭の中で意味が繋がり本質として理解された「知識」です。このうち、AI時代はメタな方、つまり意味がきちんとつながった状態の「知識」をどう作るかが重要で、それが次期学習指導要領の大きな目玉になっています。例えば、受験勉強後に覚えたことをすぐ忘れてしまうように、理解が不十分な状態では、散発的に情報が記憶されているため忘れてしまいます。この状態では人間の判断の意味表象が全く構築されておらず、社会に出たときに使えません。そうならないためにも、学んだ内容が意味や目的・本質と結びついて、統合的に理解されているという状態をどうやって作るのかというのが非常に大事です。さらに、その水準で物事を理解するためには、実際にやってみるということも重要です。人間はインプットした情報を元に判断したり、表現・外化していく中で意味や本質を捉えたりしていきます。言うなれば、フィジカルな”Do”とバーチャルな”Understand”が行ったり来たりする中で意味構築が進んでいくので、それを実践できる学習指導要領にしなければなりません。これまでの学習指導要領は個別の知識や技能に偏っており、思考・判断・表現力も「グラフを用いて考察する」など学校内における学力の水準で止まっていました。これをメタな水準に上げていくために、それが理解出来たら何が良くなるのか、どういう目的や意味があるのかといった「統合的な理解」を用いた考察をすれば、現実の事象に対して応用が効くようになります。これが、AIが発展する中で皆が問い始めている「知識は必要か、どういう知識が重要か」ということに対する文部科学省の回答であり、今後10年で目指していきたい方向性です。
船津:AIは便利でつい頼りがちですが、自分自身の力にしていくにはいろいろ考えて臨む必要がありますね。その上で、教える側の姿勢も大事になってくると思いますが、未来の教育のあるべき姿について伺いたいと思います。
犬塚:AI時代であってもなくても知識はずっと必要で、人間が主体性を確保していくためには良く繋がり合って整理された知識体系が必要です。大人や上司など指導者の立場にある人は、「AIを使わないで考える必要がある」とか、「AIを使わない方が面白い」、といった、あえてAIでショートカットしない指導の在り方や活動の作り方が問われます。さらにもう1点は、自立した学習者の育成という観点からAIをとらえる必要があるということです。それには汎用的なAIではなく、教育用のAIが必要です。例えば、学習の方針を逐一アドバイスしてくれるような家庭教師AIはおそらく簡単に作ることができるものの、それでは自分で何をやったら良いか判断できない人間が育ちます。これからの時代を生きていくのに必要な力として、次どうしたら良いかを考えることや、自分の理解の状態、自分ができることできないことを把握することが非常に大事です。例えば適切な学習教材を提案したり、うまく教えたりすることは本当に教師にしかできないことなのか、どこから教育用AIにサポートさせるのかなど、教育用AIならではの可能性と限界を見極めていく必要があると考えています。そのように考えると、教育用AIの開発には様々な力が必要であり、カリキュラムを熟知している人に加え、心理学や学習科学、技術者など多様な専門家が関わっていく必要があります。
岩岡:より大きな観点として、AIがあるから知識の価値が下がるのではという前提が持ち込まれがちですが、むしろ逆の方向に行っていると思います。AIが情報量を増やしていく社会だからこそ、人間側が判断の主体性を確保するに足るドメインの深さが重要であると思っています。一人ひとりが「ここだったら自分できちんと判断できる」というものを持ち合わせて、人類全体での主体性を維持確保していくという考え方が重要です。教育の現場では「統合的な理解」とか「深い学び」といった全ての領域を、誰か一人がカバーするのではなく、好きや得意な分野を伸ばしてその子なりの深いドメインを作ってあげることが大事だと思います。一方、好きや得意だけでは社会は回らないので、興味がないことでも薄く広い知識は必要で、その土台と深いドメインの両軸が大事だと思います。では、具体の学習活動をどう変えるべきかを考える際、まず前提として、子ども一人ひとりが持っている知識や認知の特性も異なる中で、現状の学校教育では学習内容を一斉一律のやり方で伝授してしまっている場合も多いという課題があります。このような環境下では、深い理解が難しい子どもも出てしまうため、一人ひとりが統合的な理解をできるような学習活動を埋め込んでいく必要があります。ただ覚える、というだけではなく、意味を考える、本質を捉えるといったレベルで、子どもたちが自ら意味を作っていく必要があります。それに当たって教師が学び方や考え方を指導することを考えると、子ども一人ひとりが自身で考える場面、さらには友達と協働しながら自分の考えを広げたり相対化したりする場面が学習の中で戦略的に組み合わされている授業づくりを考えていかなければならないと思っています。
船津:新経済連盟のWGでは探究教育の重要性を提案していますが、探究教育と相性が良いのではと思いました。
岩岡:まさにそうですね。国語や数学、理科などは学ぶ対象が明確にあり、探究との組み合わせが難しい場合もあるので、例えば総合的な学習の時間などをどう使っていくかが大事です。これまで総合的な学習の時間は、教師がテーマを与えて探究をさせるというのが多くを占めていました。しかし本来は子ども自身で課題を設定して、それに対して自分自身でどのように意味や価値を見出すのかということを考えていかないと、探究とは言えないと思っています。次の学習指導要領改訂では与えられた「テーマ探究」だけではなく、自分で課題の設定からやるような「マイ探究」も進めなければならないという議論をしています。この点は、新経連からいただいているご提案とすごく近い方向性を持っていると思っています。
犬塚:一人ひとりに得意分野があると、互いに協力しようとする姿勢が生まれます。そのためには自分が明確に言語化して伝えられること、それに対して聞く側はここが分からないと言えるような、知識に関する対話がきちんとできるようになることが重要です。我々は「あまりきちんと言わなくても分かってほしい」というコミュニケーションを好みがちですが、日ごろから明確に言語化を意識したコミュニケーションのあり方も、AI時代に必要な教育に入ってくると思います。

船津:お話を伺うほど、教育の問題だけでなく社会全体でAIを捉え、AIをNIと併せて考えていく必要があると思いました。最後にお二人から、締めくくりのコメントをいただければと思います。
岩岡:10年に1回しか学習指導要領を改訂しないことに対して不安感もあると思いますが、進化が激しいところとそうでないところを峻別しなければならないと思っています。知識を高度に構築していく話は、学習科学や心理学の蓄積の上に到達している世界観ですので、1年や2年では変わるものではない普遍的なものです。そのような骨太の議論を10年に1回繰り返しつつ、一方で、情報技術などの進化の早いところは1年~4年サイクルで教材ベースの入れ替えを行っていくという考えが必要だと思っています。本日会場にお集まりの皆様におかれましては、知識不要論に飲み込まれず、しっかりと子どもたちの知識構築に取り組むという視点を大切にしていただきたいですし、そういった皆さまの姿勢が新しい学習指導要領の礎になると思っていますので、一緒に考えていけたらと思います。
犬塚:私の所属している東京学芸大学は教員を養成する大学ですが、AIの潮流や学習指導要領の変革は大きな課題です。これまでのように教科のことをきちんと教えられるというだけでなく、人の学習する過程という本質的な部分をより深く理解し、かつ応用できる教員を育てていくことが重要であると考えます。一方で、このような問題は教師だけのものではなく社会全体のことで、企業においてもコミュニケーションの取り方や指導方法などに繋がることだと思います。また、いろいろな場面で教える・学ぶということは必要になっていて、そのところどころでAIが関わってくるかと思います。皆様の今後の仕事や生活に活かしていただければ幸いです。
船津:ありがとうございました。教育とAIということで議論してきましたが、我々の社会全体に関わる話だと理解しました。これからのAI時代を考えていくヒントになればありがたいと思います。

ここで行われた議論を参考にして、「JX宣言」という形でメッセージをまとめました。
JX宣言2026における本テーマの要点は以下の通りです。
【議論のポイント】
・政府が今後定める新たな学習指導要領では正負の両面から情報技術を賢く使う教育を充実する方針。AIが進化すると「人間は知識を覚えなくてもよくなる」と誤解されがちだが、AIを効果的に使いこなすためにも、前提となる人間自身の知識体系「自然知能(NI)」がこれまでどおり不可欠。学習内容がその意味や原理といった「本質」と結びつき、統合的に理解されている状態を構築することが求められている
・そのためには、子どもが自らの興味関心から課題を設定し、価値を創出するプロセスを自律的に考えていく教育が重要。この点はアントレプレナーシップ教育を重視する新経済連盟の提言とも親和性が高い。さらに、子ども自身が考え知識を構築することを手助けする教育用AIの開発も必要
・これからの教師には教科の内容を教えるスキルにとどまらず、どのように物事を理解し学ぶのかという人間の知識構築の本質を深く理解し応用する力が求められる。この力は企業活動など社会のあらゆる場面に当てはまる
▼「JX(Japan Transformation)宣言2026 ~日本の未来を開くために~」の詳細はこちら






