新経済連盟が日本の変革(JX=Japan Transformation)に向けたメッセージを打ち出す周年イベント「JX Live!」。今回は当日のGXセッション「省エネ5.0がもたらす新市場〜新常識で変える都市GX」における議論の様子をお送りします。本セッションでは、データ連携やAI活用により社会全体のエネルギー最適化を図る「省エネ5.0」の実現に向けた技術の現状、普及を阻む壁、そして真の都市GX推進に必要なシナリオについて、各界のリーダーたちによる徹底した議論がなされました。
【登壇者】
谷口 景一朗(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 特任准教授)
井上 智樹(新経済連盟GXWG GX実装部会リーダー/株式会社メンテル代表取締役)
八林 公平(新経済連盟GXWG座長/株式会社エスプールブルードットグリーン取締役社長)
八林:本セッションのテーマ「省エネ5.0」を簡単にご説明します。これまでの日本の省エネ政策は、大規模事業者における合理化(1.0)や、機器・設備単体の性能向上(2.0)、そして近年のエリア・システムなど個別分野での高効率化(3.0)やデマンド側の最適化(4.0)と進んできました。これからは、それらの個別の技術を特定のメーカーや設備の壁を越えてデータ連携させ、AI活用によって自律的に都市レベルで最適化を図る「省エネ5.0」のフェーズです。日本全体でのエネルギーロスは年間約5兆円規模であり、巨大な新市場としてのチャンスが眠っていると考えています。こうした世界観をどう実現していけるか、専門家のお二人と議論してまいります。
では、そもそも現状の技術はどこまで進んでいるのでしょうか。まずはメンテルの井上さん、現在のお取組みを教えてください。

井上:私たちは、既存設備を入れ替えず、後付けのIoT機器で環境を計測し、AIで設備の運転を最適化する事業を行っています。皆さんが普段使われているオフィスには、過剰な換気や空調の消し忘れなど多くの無駄が潜んでおり、これらを改善できれば3割程度の省エネポテンシャルがあると言われています。天候や在室状況を先読みして、AIを用いて細かい粒度で微調整することで、室内環境を維持したまま、個別空調で1日平均15%、効果が大きい日には30%を超える削減効果が出ています。

八林:谷口先生は、大学でどのようなことを実践されていますか。
谷口:東京大学のキャンパスでは、まずは古い既存の建物にセンサーを取り付け、運用データが取れる環境作りから始めています。取得したデータをクラウド上のデジタルツインに集約して分析し、実空間の制御にフィードバックしたり、エネルギー消費量を見える化して教員や学生に示したりすることで、省エネ意識を高め、行動変容を促すことに取り組んでいます。さらに研究レベルでは、ウェアラブルデバイスで心拍や皮膚温度を取得し、その人が「暑い」と感じているか「寒い」と感じているかを予測してピンポイントで冷たい風を送るなど、個人の体感満足度を高める「個人差対応空調」の実現も目指しています。

八林:技術的には既に高いレベルで省エネと快適性の両立が可能になっているということですね。では、なぜこれが社会全体に広がっていないのでしょうか。運用段階の改善実績を評価する仕組みがほとんど存在しないという制度面の課題も大きいと感じますが、井上さん、現場の実感はいかがでしょうか。
井上:既存の建物の省エネ・脱炭素の必要性に対する認知がまだまだ不足しているのは強く感じます。特にテナントの場合には、電力会社のデータは、月単位でしか把握できず、省エネの効果分析を行うには不十分なため、まずはデータの取得から始めることになりますが、センサーを増やすとコストがかさむため、中小規模の施設では光熱費削減効果とコストが見合わなくなるという課題が生じます。そのため、光熱費以外に、業務の省力化・平準化などの効果と合わせて提案することが必要です。
加えて、テナントでは、所有と利用の乖離という構造的な課題も存在します。データ取得のためのセンサー設置などの投資はビルオーナーが負担しますが、光熱費削減の便益はテナントが享受するため、オーナー側に投資のインセンティブが働きにくいのが現状です。
八林:カーボンクレジットの創出・販売を通じた投資回収につながるインセンティブや、評価制度に基づく優良ビルに入居が進むような仕掛けも必要そうですね。谷口先生は、現行制度や行動変容を促すうえでの課題についてどのようにお考えですか。
谷口:「竣工した建物は完璧だ」という思い込みが強いことが普及を阻む最大の障壁だと考えています。建物は立地環境や使われ方が1棟ごとに異なるため、それらに合わせて運用段階でコミッショニング(継続的な調整・制御)を行わなければ、設計時に想定された省エネ性能を発揮できません。
また、大規模建築物の多くにはBEMS(ビルエネルギー管理システム)が導入され、何万というセンサーが既に設置されているにもかかわらず、コミッショニングの意味・価値が広まっていないがゆえに、オーナーはデータ活用にお金をかけず、設計者・施工者はビジネスとして取り組まず、せっかくのデータが活用されない「三すくみ状態」に陥っています。
八林:この状況を打破し、真の都市GXを推進するためにはどのような仕組みが必要でしょうか。
谷口:日本の建物の省エネ評価は設計段階の計算値に基づく認証が中心ですが、これに加えて、海外のように運用後の「実績値ベース」で評価・認証する仕組みが必要です。例えばオーストラリアの「NABERS」という制度では、実際のエネルギー使用量などに基づき星でランク付けをしています。そして、自前のビルを持たないオーストラリアの政府機関が賃貸ビルに入居する際には、一定以上の認証評価が必要とされることから、ビルオーナーには認証取得のインセンティブが働き、政府もランニングコストが削減され、うまくWin-Winの関係が構築されています。
また、例えばシンガポールでは、コミッショニングの専門家を雇う際に補助を出すことでコミッショニング導入の障壁を低くしています。日本の設計時点の評価を否定するものではありませんが、これに加えて、運用段階の実績評価制度やコミッショニングの専門家を雇う際の補助のような、運用段階で頑張る人を後押しする仕組みが重要です。
八林:日本では設計段階の評価を基に補助金を一括で出していますが、実際の運用段階で追加的・段階的に補助が出るようにするといいかもしれません。「コミッショニングの専門家」という話が出ましたが、これは、どういった人でしょうか。
谷口:設備の専門知識に加えて、デジタルツインの構築のための情報学などの知識も必要とされ、日本ではまだ少数です。ただ、一人で完結させる必要はないので、AIテックのようなベンチャーと建築設備の専門家などがチームを組むことで、新しいビジネスとしても可能性があります。
八林:エネルギー管理士と井上さんのような方が組むようなイメージだと感じました。井上さんにお聞きしますが、こうした人材の確保は大変かと思いますが、実際に取り組む際にはどのように進めているのでしょうか。ビルオーナーで意欲的な方がいると、進めやすいようにも感じますが。
井上:1社では限界があるので、設計事務所やゼネコン、設備メーカーなど各社と協力しながら普及を進めています。こうしたなか、ビルOSのサービスの中には、部屋にいる人の数をはじめ、非常に細かいデータが集められるようなものも出てきていますが、ビルオーナーにとっての導入メリットはまだまだ具体化されていません。そのため、今後は、省エネ効果などを示す具体的なユースケースを創出していくことが重要です。また、ユースケースを増やすうえでは、ビルOSに集まる非常に細かいデータを、相手に合わせて分かりやすく翻訳して届ける工夫も必要です。

八林:最後に、今後の展望と締めくくりのメッセージをお願いできますでしょうか。
谷口:どれほど高性能な建物を造っても、それを活かすも殺すも「人」次第です。単にエネルギー消費を減らす「我慢の省エネ」ではなく、人々が快適で知的生産性も高められ、かつ、トータルでエネルギー消費も少ない空間を作っていかなければなりません。そこでは、AIの力を借りながら、全体最適に取り組むことが必要です。
そうした視点から、運用段階でのコミッショニングの価値を広め、プレイヤーを増やし、業界全体をシフトさせていく必要があります。人を中心に据えて、建物・都市側が人のために姿を変化させるような社会を描いていくことが重要だと考えています。
井上:私たちが目指すのは、建物単体で閉じるのではなく、都市のエネルギー自給率向上へとつなげていくことです。電力の需給問題に対して、需要家である私たちが少しずつ電気消費を減らし、その行動を束ねることができれば、それは都市全体に対する十分な調整力になります。建物という需要家を起点に、都市全体にアプローチを広げていきたいです。
八林:ありがとうございます。省エネ5.0は制度や技術だけでなく、一人ひとりが空間のエネルギーを意識することから始まります。本日の議論も踏まえ、新経済連盟のGXワーキンググループでは、さらなる都市GXの実装に向けた規制緩和や制度設計の提言活動を進めてまいります。本日はありがとうございました。


ここで行われた議論を参考にして、「JX宣言」という形でメッセージをまとめました。
JX宣言2026における本テーマの要点は以下の通りです。
【議論のポイント】
・個別の建物・設備の最適化(省エネ1.0〜4.0)を超え、データ連携やAI活用で都市を自律最適化し、社会全体のエネルギーロスを最小化する省エネ5.0への移行が不可欠
・既存設備のAI制御やデジタルツインの活用により、快適性を維持した光熱費・CO2の削減技術は実証済みなものの、運用の効果を適切に評価する仕組みの欠如や、投資を行う者と便益を受ける者の不一致等が普及を阻害
・真の都市GXに向け、建物の設計段階のみでの評価から運用実績の評価に転換を進め、ROI(資産価値・賃料・稼働率向上等)、エネルギー消費量や体感データ等の可視化を通じて、「我慢の省エネ」ではなく、快適性を維持しつつ省エネに向けた行動変容を促し、都市全体の最適化へ拡張する仕組みの構築が必要
▼「JX(Japan Transformation)宣言2026 ~日本の未来を開くために~」の詳細はこちら







