新経済連盟が日本の変革(JX=Japan Transformation)に向けたメッセージを打ち出す周年イベント「JX Live!」。その第3回目となる「JX Live!2025」を、10月21日、六本木のグランドハイアット東京にて開催しました。
今回は当日行われたラウンドテーブル「異次元のスタートアップ政策」アーカイブ動画より、議論の要旨をお送りします。スタートアップ(SU)育成5か年計画策定から2年半を超え、折り返し地点に入る中、SUの一層の飛躍に向け必要な政策が議論されました。
▼JX Live!2025について
https://nest.jane.or.jp/jxlive2025/
▼ラウンドテーブル①「異次元のスタートアップ政策」
https://www.youtube.com/watch?v=Ph50glk7MEw&t=2s
【登壇者】(以下、敬称略)
菊川 人吾(経済産業省 イノベーション・環境局長)
志水 雄一郎(新経済連盟 幹事/フォースタートアップス 代表取締役社長)
田中 邦裕(さくらインターネット 代表取締役社長)
秦 由佳(産業革新投資機構 執行役員 ファンド投資室長)
【モデレーター】
藤本 あゆみ(スタートアップエコシステム協会 代表理事)
※本記事では、読者の皆様への情報伝達をよりスムーズにするため、各発言を編集・調整し、要旨としてまとめています。

藤本: 本日は「異次元のスタートアップ政策」をテーマに、次世代の日本産業を担うスタートアップ(SU)をいかに育成していくか、皆様と一緒に考えていければと思います。異次元という言葉は難しいですが、これをやらないと経済政策にならない、という認識です。まずは自己紹介を兼ねて、現状について、菊川さん、お願いします。

菊川: 経済産業省イノベーション・環境局の菊川です。ノーベル賞を受賞された二人の先生方もSUをやっており、研究がイノベーション、そしてSUに直結していることは明らかです。5か年計画を政府で定めて約3年が経ち、SUの数は非常に増えました。2021年から1.5倍に増加し、大学発のいわゆるディープテック、テクノロジー主体のSUは5,000を超える規模になっています。特に、この増えた数の半分以上は東京以外から増えており、首都圏中心ではなく全国各地に広がっています。
一方で 資金調達については、アメリカが6割近く落ち、中国も35%減っている中、日本はなんとか踏みとどまっていますが、課題は「高さ」をどう出すかです。GDPへの貢献はすでに22兆円に達し、2023年から2024年の1年間で2兆円ほど増えており、前年比15%成長しています。SUはもはや一部の問題ではなく、日本経済そのものの課題になっています。また、人材の流れも重要で、若い方だけでなく、40歳以上のミドル層がSUに移っていく割合が増え、給与も良くなっているというデータもあります。
藤本: 海外からの注目という点では、いかがでしょうか。
菊川: つい先日グローバルSU万博を開催し、予想の4,000人を大きく上回り、1万人近くの来場がありました。ビジネスブースでのマッチングを実施した結果、1,194件のマッチングが生まれています。参加SU145社の半分以上は海外からで、海外の著名なアクセラレーターやVCも参加し、日本への進出を表明したアジアの会社も多数あります。いかにこうした流れを日本に引きつけていくかが今後の課題です。
藤本: ありがとうございます。現状を見るとまだまだ、という中で、志水さん、特に資金面、「高さ」を出す課題について触れていただけますか。

志水: ありがとうございます。弊社は国内最大のSUのバリューチェーンチームとして、人、お金、オープンイノベーション、M&Aといったコーポレートアクションに繋がるものを集中投資しています。アメリカでは今、AIへの投資がトレンドを牽引しており、2025年には7割がAI投資になると予測されています。アメリカの投資マーケットは年間で見ると過去2番目の水準となるトレンドです。
一方で、日本とアメリカを比べると、まだ数十倍の差があります。この差をどう埋めるかが重要です。私が議論したいのは、目標達成へのコミットメントです。SU支援策は国策となり、SU育成5か年計画がスタートしましたが、これは10兆円行くことを前提に書かれているようにしか見えません。10兆円の市場を作るぞと言ったのに、今のトレンドでいくと1兆円か2兆円で終わってしまうのではないかという懸念があります。だからこそ、日本のSU政策は「何兆の市場を作るつもりで行くのか」「どのリーダーが責任を持って実現するのか」を明確にすべきです。もしリーダーが首相なのであれば、「10兆円達成するぞ。経済界から5兆、GPIFから3兆、2兆はアラブの王子様から持ってこよう」といった、アクションに繋がるコミットメントが必要です。
藤本: コミットメントがないと達成できない、ということですね。次に、当事者である田中さんからお願いします。

田中: 29年前に学生起業し、2005年に東証マザーズに上場しました。私自身、上場時は小粒でしたが、現在1000億円を超えています。東証のグロース市場の上場維持基準引き上げの議論において、スモール上場を絶対に残すべきだという議論に貢献できたと思っています。しかし、今申し上げたいのは、ITのスタートアップはもう「終わった」のではないか、ということです。ベンチャーキャピタルが悪かったのかもしれませんが、上場できる方法論が一般化した結果、焼き畑農業のように攻略し尽くされ、「しょうもない会社がようけ増えとる」結果となったように思います。
一方で、菊川さんのデータにあった地方の大学発がすごく伸びているという点は重要です。関西では学生数あたりの資金調達はすでに関東圏より多いというデータもあります。乱暴な言い方をすれば、アメリカが2021年にピークを打ち、日本が2022年だったことを考えると、気運を醸成すれば2026年は日本がぐっと上がっていくチャンスになります。日本には2000兆円の預金があり、お金がないわけではありません。しかし、毎年42兆円が株主還元されているのに対し、SUの調達額は1兆円しかありません。投資家に返すお金とSUに入ってくるお金が半分(20兆円)ずつになれば、日本は劇的に変わるはずです。
藤本: 田中さんからの厳しい指摘もありましたが、秦さんから、資金供給のあり方についていかがでしょうか。
秦: JICの秦です。私はVCに投資を行うLP(リミテッド・パートナー)をメインでやっています。海外から日本に戻ってきてSUのエコシステムを見た際、優秀な起業家が多い一方で、日本のVCは、海外の一流VCと比べて目線感がすごく低いと感じました。その結果が、スモールIPOや現状のエコシステムに繋がってしまったのだと思います。
今は国だけでなく事業会社からも資金が出ていますが、CVCにシフトしてきており、独立系のVCはお金を集められなくて困っています。その時に問われるのがリターンです。VCとして取っているリスクの割にリターンが低いと、機関投資家はバイアウトファンドにアロケートした方がいいという考えになります。また、SUをサポートするVCというフロントラインが、壁打ちだけでいいのか、という問いも生まれています。VCをもっとスケールアップさせ、進化させないと、SUの支援も進化できません。我々は、お金だけでなく、ファンド運用者の成長支援や、海外のマネージャーを呼んでくることで、グローバルに進出できる大きな企業を創るための「Go Global戦略」などもやっています。
藤本: ありがとうございます。今日のテーマは「異次元」ということで、スケールアップのさらに先を議論できればと考えています。菊川さん、「誰がやるのか」の答えはさておき、何をベンチマークしながら引き上げていくか、という点についてどう考えていますか。

菊川: 10兆円、ユニコーン100社、10万社創出は政府の意思として決めているので、達成できなかった時にどうなるかを言っても仕方がない。担当としてはそれぐらいの意気込みでやっています。10兆円は、ホームラン級のSUがいくつか出れば、田中さんの言うお金の流れからすれば十分達成可能だと思います。ただ、スケールアップは放っておいてなるものではありません。これまではSUが増え、社会風土が変わるという成果がありましたが、これからはメジャーリーガーのように大活躍できる選手をモデルケースとして、いくつか出す必要があります。
スケール感が違う海外を見て、そのスケール感で支援をしなければなりません。1万社にばらまくことはできないので、これからの政策は「スケールアップ政策」として、分野やSUの会社そのものを「特定」して集中的に支援するタイミングに来ています。また、経産省は海外からの資金を入れる際の税制、特にPE(パーマネント・エンティティ)の税制改正要望を出しています。これを変えれば、欧米やアジア、中東のVCから「もっと投資したい」という話が来ており、流れは作れると思っています。
また、誰が責任を取るのかという点について、 政策を掲げた政府が責任を取るのは明らかです。しかし、政府が「支援が足りない」、VCが「いいSUが出てこない」、SUが「VCがお金を入れてくれない」と、みんなが責任をなすりつけ合う議論はよく聞くので、それはやめるべきです。各プレイヤーがそれぞれの責任を全うしていくことが、もう一度ギアを入れ直すことにつながると思います。
藤本: 田中さん、先日私が訪問したニューヨーク証券取引所の人たちは、売上の目安として2億ドル(約300億円)ということをさらっと言っていました。世界が規模感の違う状況ですが、日本のSUはどう戦うべきでしょうか。
田中: ありがとうございます。規模感が小さいのはその通りです。だからこそ、起業家が目標を上げていくことが重要です。この国に足りないのは、唯一マインドだけです。お金も人材も、英語力も、ほとんどの必要条件は満たされていますが、成功に導く十分条件であるマインドが足りません。100億円ではなく、1000億円、1兆円を目指すマインドが必要です。
そうした中で、VC主導のイベントや資金調達の形式(シリーズAとかBとか)は、VC側の理論でしかありません。一方のSU側は、10年で償還するという契約を肝に銘じるべきです。また、経営者が「グロースします」と言って上場しているのに成長しないのはご法度です。経営者は「どうすれば上場できるか」ではなく、あくまで「どうすれば自分のビジネスをグロースできるか」に執着すべきです。
藤本: 秦さん、投資家側の目線やCVCの役割を考える際、資金の出し手という立場としての課題はどのようなところにありますか。

秦: CVCにフォーカスすると、彼らは結局、事業会社であり、CVCはその戦略遂行と達成のためにSUと連携・共存するファンクションです。その際、CVCの方たちが、全く違うポジションから突然キャピタリストになるなど、人材のサステナビリティに課題があります。また、SUと事業会社の競争では、契約などにおける情報の非対称性といった「不平等条約」のようなものがありますが、ここはウィンウィンでなければならないという再認識がすごく重要です。
藤本: 志水さん、皆さんの議論を聞いて、答えやヒントは出ましたか。
志水: 私は、かつての日本が繊維産業から自動車産業にフォーカスして国力を伸ばしたように、今の日本は「どの分野ならダントツで勝てるのか」を決めることが重要だと考えます。そして、政府のトップは首相だと私は思っています。リーダーを決めたら、目標とするSUへの投資額のうち、民間からいくら調達するのか、海外のファンドからどれくらい調達するのかなど、計画を突き詰めて遂行し、みんなでやり遂げて日本にイノベーションを次々と起こしていきたい。
人が行動する中で、最も美しい行動は挑戦している姿です。アメリカで成功している会社は創業時平均年齢45歳から始まっているように、40代、50代がSUにいることは当然です。日本の経済団体のトップや経済界のトップは、自らが起業して、既存産業と争って新産業を作るべきです。大人が頑張っていたら、若い人たちも影響を受けて自分たちもやろうとなります。私たちが行動して変わるべきです。
藤本: 菊川さん、最後に民間側への期待も含めてお願いします。
菊川: 目標(100社、10兆円)を縦横でグラフにすると、今超えているのはアメリカだけで、日本はまず韓国やフランスを超えなければならないポジションです。フランスは数年前にグローバルに大きく舵を切って海外のマーケットを取りに行くことでポジションを上げました。我々も世界のマーケットを取りに行くことをテーマにすべきです。
日本の産業構造は複雑ですが、他の国が持っていない産業構造を持っています。例えば、昨年整備した世界トップレベルの量子コンピューターのテストベッドに対して、世界中のSUが活用したいと言っています。それは、日本に素材があり、半導体産業があり、自動車産業があり、科学があり、鉄があるからです。この豊富な素晴らしい産業構造という、先人が作った重要なアセットをどう活かすかという視点も、他の国にはない異次元を生み出す鍵だと考えています。
藤本: ありがとうございました。異次元への飛躍は、日本ならではのアセットを活かし、皆さん一人ひとりがコミットして行動することで実現できると信じています。

志水:(結びのメッセージとして)私たち大人が、社会を良くし、未来を良くすることに努力しなければ意味がありません。日本の賃金水準はOECD加盟国で平均以下であり、これを変えるには新産業が既存産業と雇用を争って取るぐらいの強力な新産業創出の動きが必要です。大事なのは行動して変えることです。
ここで行われた議論を参考にして、「異次元のスタートアップ政策」「既存産業と働き方のアップデート」「『失われた35年』逆転へのシナリオ」を柱とした「JX宣言」という形でメッセージをまとめました。
JX宣言2025における本テーマの要点は以下の通りです。
①スタートアップ成長のための政策
・スタートアップ育成5か年計画の目標(SU投資額10兆円)実現に向けた政府の責任体制明確化
・SUのグローバル化に向け、海外市場開拓戦略への転換
・海外投資家の日本ファンドへの出資を促すため、税制(PE特例)を改善
・大規模な政府調達によるSUの成長支援
▼「JX(Japan Transformation)宣言2025 ~失われた35年逆転への政策~」の詳細はこちら






