日本ブロックチェーン協会(JBA) 理事 / 肥後 彰秀 さん
インタビュアー / 新経済連盟(JANE) 坂本 瑛子
2020年3月6日に新経済連盟(JANE※/ジェーン)が政府に提出した「ブロックチェーン国家戦略に向けた提言(事例分析編)」。今回の提言では、ブロックチェーンの活用を進める企業の最新のユースケースを数多く紹介しています。今回のFinds JANEでは、ユースケースの提供にご協力いただいた日本ブロックチェーン協会(JBA)の理事である肥後彰秀さんに、ブロックチェーンの未来から、現状の課題まで、幅広くお話を伺いました。
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
目次
1.実用のヒントが詰まった「ブロックチェーン国家戦略に向けた提言(事例分析編)
2.ブロックチェーンの持つ機能や特徴、そして弱点を理解して活用すること
3.企業の意思決定を推進するために政策と連携した仕掛けが必要
|実用のヒントが詰まった「ブロックチェーン国家戦略に向けた提言(事例分析編)
JANE 坂本 今日はよろしくおねがいします。
日本ブロックチェーン協会(以下、「JBA」)さんには、新経済連盟(JANE)として2020年3月に政府に提出した「ブロックチェーン国家戦略に向けた提言(事例分析編)」の作成に多大なご協力をいただきました。提言の感想や見どころをお聞かせいただけますか。
肥後さん 今回、新経連さんとはブロックチェーンの取り組み事例集の作成ということで連携させていただきました。JBAとしましては、会員企業から挙がったユースケースを取りまとめしたわけですが、さまざまな分野のケースが掲載でき、現状のシステムや仕組みに対する課題も、新経連さんの方でうまく整理いただいたと感じています。
各企業の発想や個々のブロックチェーンの実用のヒントも多くあると思いますので、そこが見どころではないでしょうか。
私自身も取り組みごとの課題や、なぜブロックチェーンが必要なのかというアプローチなど幅広くあると感じていたことが、具体的に理解できました。
JBAの活動としても、関係企業が集まって課題を持ち寄り、解決方法を模索する機会を作っていきたいと思っていましたので、その点でも良い機会になりました。
JANE 坂本 こちらこそ多くのヒントをいただきました。
今のインターネット社会で情報に信頼性を持たせるには、中央管理者の信頼性に依存せざるを得ないためにコストが高くなってしまったり、取引参加者が多くて手続きが煩雑な分野は、なかなかデジタル化が進みにくい面もありますよね。そういった部分を解決する技術として各企業がブロックチェーンに期待していることがよく分かりました。
肥後さんはブロックチェーンのどのような点に魅力を感じていらっしゃいますか。
肥後さん 一般的にブロックチェーンを理解いただくためには、ブロックチェーンが「データベースのようなもの」と思っていただくのが直感的に分かりやすいと思うのですが、従来だと、企業はデータベースを活用したシステムを組み、そこに重要なデータが入っているということが多かったと思います。そうなるとデータベースやシステムは、それぞれ堅牢に守られなければなりません。その上で、各企業はそれぞれの連携可能な部分をAPIとして公開し、それを繋ぐことでAPIエコノミーができるという仕組みがあります。
これに対比して、ブロックチェーンはデータベース自体を公開・共有できるような方法だと言えます。もちろん、必要な権限の管理を行った上でということですが。
ですので、この先ブロックチェーン同士の相互運用性が高まっていくことでデータの流通性が高く、さまざまな面で利活用ができるというポテンシャルは非常に高いと思っています。
JANE 坂本 一般消費者にとってはどのような影響やメリットが生まれるとお考えでしょうか。
肥後さん 例えば、「インターネットは『情報』の革命」とよく言われるように、「ブロックチェーンは『価値』の革命」と言うことができます。
インターネットによって起きたことは、「情報のコピー」が非常に簡単になったということです。その一方で、そのコピーをどう制御するかは、大きな課題の一つです。
しかし、ブロックチェーンの技術によって、扱う情報について、「それがオリジナルであること」や「自分が所有していること」「所有している情報を移転する」ということを表現できるようになりました。これによって、「データ固有の価値」を持つことができます。
消費者目線で考えると、例えば「経済的価値」という点では、これまでは企業に代表される組織にその「価値を預ける」ということが、多くの社会のシステムでした。
それが、ブロックチェーンの技術によって、組織の力を借りなくても価値の移転が可能になり、価値を個人がコントロールできる「価値の民主化」とも言える環境が生まれることにつながります。
つまり、これまで以上に「個がエンパワーされる」可能性があり、より個が主体の社会が進むのではと考えられます。
もう少し掘り下げると「固有のデータ」があるとして、それを「誰が発信するのか?」「誰が評価するのか?」、あるいは「1人1つのデータ」ということが制御しやすくなると思います。
この仕組みを使い、例えば「投票システム」に活用すると「誰かの意見」があり、それに対して「誰が評価して価値を与えるか、与えないか」という表現がしやすくなるだろうと思います。
JANE 坂本 なるほど。政治への分散型の参加の仕方が実現するわけですね。
肥後さん 政治と言わず、行政システムの中でも、もっと身近に活用されることも考えられます。例えば今、私たち生活者は行政というものを信頼して、データやその手続きを任せています。しかし、ここでもブロックチェーンを活用することによって、わざわざ行政の窓口に行って何かの手続きをしなくても、確実に本人であることが証明され、確実に本人の望んだデータであることを担保することができるので、行政システムの入り口を広げられる可能性があります。
仕組みを信頼するということができるようになれば、「今、誰が、何を所有している・どういう状態である」ということが、いろんなところで横断的に利用しやすくなると思います。
JANE 坂本 データの主体を私たち個人に戻したうえで、よりオープンな形でのデータ利活用の可能性が広がりそうですね。
ブロックチェーンの活用が進んだ社会で、ブロックチェーンが組み込まれているサービスや仕組みを使う際に、一般消費者(ユーザー)の立場として気をつけなければいけないことはありますか?
肥後さん 非常に重要なところだと思います。まず、世の中で進んでいくブロックチェーンというのは、ユーザー側の立場としては、比較的ブロックチェーンを意識せずとも利用できるサービスから普及していくと思います。
しかし、より民主的な分散システムとしてブロックチェーンが活用される場合には、先ほどお話した「個がエンパワーされた仕組み」であることを理解して使う必要があると思います。
例えば、ウォレットを例にあげると、ユーザーは「秘密鍵」の管理は自分で行わなければなりません。ブロックチェーンの特性を活かしたサービスを利用する際には、そのリテラシーと理解をユーザー自身も持った上で、使う必要がありますし、そういう意味では使いこなすための自己責任も増していくだろうと思います。
|ブロックチェーンの持つ機能や特徴
|そして弱点を理解して活用すること
JANE 坂本 今回の提言では「既存システムの限界」について整理しましたが、当然ながらブロックチェーンにも苦手な部分はあると思います。JBAさんが感じる、現時点でのブロックチェーンの限界もお伺いできればと思います。
肥後さん 1つ言えることは、ブロックチェーンというのは、1つのプロダクトや1つの仕組みを指すものではないという認識のもとで、もともとブロックチェーンという技術が根源的に持っている特徴や機能もあれば苦手とすることもあるということです。
そうした認識を持った上で、ブロックチェーンを活用する側としては技術の取捨選択をする必要があると思っています。
「こういう使い方ができる」「こういう特徴は活かせる」と判断する一方、「この弱点は、こうやって克服しよう」だけど「この弱点は目を瞑ろう」と、ブロックチェーンの持つ特徴を活かせる分野を絞った課題解決を図ることがいいだろうと思います。
JANE 坂本 そういった意味で、ブロックチェーンの活用が特に向いている分野はどのような分野でしょうか。
肥後さん トレーサビリティに関連する分野はインパクトを与える先も多いと思います。実際に実用も進んでいます。具体的に言えば、あるバリューチェーンでは、上流から下流まで情報を共有するためにブロックチェーンを活用し、同じ場所にデータを書き込み、同じ場所から利用するという形で運用しています。
もう一つは、「同じ業界の中で、各社が持つ開発データ等を共有することで新たな製品開発や実装を後押しよう」というような発想も、ブロックチェーンとの相性がいいと思います。
やはり、1つの企業で閉じた活用をするよりも、複数の企業で連携していくことが増えていくと思います。先ほどのバリューチェーンのように、同じ資本グループの中で取り組むことも多いと思いますが、一方では同業他社が連携して、同じ業界内で取り組んでいこうという話もあると思います。
そうした時には、「競合する面」と「非競争領域で共有した方がいい面」と両方の側面がありますので、事業者が集まった共同体として、どう推進していくと上手くいくのかというノウハウの蓄積もこれから必要な部分だと思います。
|企業の意思決定を推進するために
|政策と連携した仕掛けが必要
JANE 坂本 日本のビジネス環境や制度という視点で見たときに、ブロックチェーンの実装を進めるうえでの課題はどこにあるでしょうか。
肥後さん ブロックチェーンの実装ということで言えば、公開されずに企業内だけで進められているケースも含めれば、実は意外と商用化は進んでいるという肌感覚はあります。一方で、課題としては、PoC(Proof of Concept/概念実証)レベルでは取り組んでいても実運用になかなか踏み込めないというハードルがあると実感しています。
理由はいろいろありますが、例えば企業の経営層が、ブロックチェーンを自社の既存システムに組み込んでいく、または置き換えていくということに対して、まだまだ積極的な判断がなされていないということも大きいと思います。
それがなぜかというと、技術的な理解が進んでいない、あるいは投資判断として既存のシステムを捨ててでも導入するのかという意思決定がなされないという面もあります。
だからこそ、政策と連携した仕掛けをしていくことが企業の意思決定の推進のためにも必要だと思っています。
JANE 坂本 おっしゃる通りですね。
政策的な観点からは、民主的な分散型システムであるブロックチェーンを社会実装できれば、データの保有量が勝敗を分けるAIとは違った軸で、日本がゲームチェンジャーとなれる可能性を感じます。手続きの効率化やスタートアップの振興、新しいビジネス創出による経済効果なども期待できそうです。
新経済連盟(JANE)は、社会・経済のデジタル化を推進する経済団体として、多様な分野にまたがって活動していますので、そうした中で今回、私たちの得意とするデジタル政策の領域と、JBAさんの専門的な知見を融合させて政府に届けることができたのは、とても有意義なことでした。
肥後さん 私たちJBAも、新経連さんの築き上げてきたコネクションや、企業のユースケースの取りまとめなど得意とされている部分を連携しながら進めていければと思っています。
JANE 坂本 ありがとうございます。最後に、JBAさんの活動概要について紹介いただければと思います。
肥後さん JBAは、2016年に前身の組織である「日本価値記録事業者協会(JADA)」から、改組する形で「日本ブロックチェーン協会(Japan Blockchain Association/JBA)」と名前を変え、スタートしました。
前身であるJADAは、「仮想通貨法」という法案を作っていく過程で、政策と連携しながら成立まで活動していました。その活動が一段落したところで、仮想通貨と表裏一体であるブロックチェーンにも活動の幅を広げるため「日本ブロックチェーン協会」と改め、新たにブロックチェーンに関わっているメンバーを募って再スタートを切りました。
2016年、JBAとして最初の取り組みは、「ブロックチェーンの定義とは何か」ということを有識者に集まっていただき議論をし、発表したことでした。
その後、「仮想通貨法」関連の法改正時には、会員への解説やパブリックコメント集約などの活動も行ってきました。Libraが発表された際にも、会員や会員以外からの参加者を募り、解説イベントなども行いました。
また、設立以来継続している活動として、月に2回の定例会議があります。そこで様々な方に登壇いただき、多種多様なテーマで会員に向けての勉強会も行っています。
会員としては、ブロックチェーンのプロダクトやサービスを提供されている企業が60社ほど、またブロックチェーンに関する情報の収集中や、連携先・提携先を探している大企業が賛助会員として70社強、合計100数十社の会員企業が参画しています。
JANE 坂本 新経済連盟(JANE)としても、会員企業の皆さまの声から課題を抽出し、目指したい未来と、その差分として私たちに何ができるのかを考え、政府に積極的に働きかけていきたいと思います。民と官が力を出し合って、皆でブロックチェーンを盛り上げていけたらいいですね。今日はありがとうございました。
肥後さん こちらこそ、ありがとうございました。
肥後 彰秀 さん / 日本ブロックチェーン協会(JBA) 理事
2001年株式会社ガイアックスに入社。エンジニア組織マネジメントに従事。2019年執行役(技術担当)退任。2017年11月に株式会社TRUSTDOCKを立ち上げ、ガイアックスからカーブアウトし取締役(現職)。本人確認(KYC/e-KYC)サービス提供。 一般社団法人日本ブロックチェーン協会理事(現任)。ブロックチェーンの社会実装を推進するにあたり、行政・自治体領域での事例づくりや促進を担当。 一般社団法人fintech協会理事(現任)。京都大学工学部卒。
一般社団法人 日本ブロックチェーン協会(JBA) https://jba-web.jp/
坂本 瑛子/新経済連盟(JANE)政策部
一橋大学経済学部を卒業後、金融デリバティブの総合取引所に入社。財務省へ出向し、政策金融などに携わる。2018年から新経済連盟(JANE)にて、ブロックチェーン・暗号資産領域を担当し、新産業分野を中心に政策提言活動を行っている。
一般社団法人 新経済連盟 https://jane.or.jp/
取材・編集/阿部健一
1975年生まれ。広告代理店にてコピーライター・CMプランナーとして活動。2017年に独立し、CREATIVE FIRM PICKELを立ち上げる。言葉を起点としたクリエイティブ、コミュニケーションをプランニングし、企業やサービスの課題解決を実践。クリエイティブディレクション、コピー、ライティング、グラフィックデザイン、WEBプランニング、ムービー、プロモーション、それらに紐づく最適なアウトプットを、硬軟問わず手がけている。