新経連周年イベントで議論「経済活性化の鍵は?既存産業と働き方のアップデート」【吉田浩一郎x石田裕子x小林史明x田中若菜x御立尚資】

新経済連盟が日本の変革(JX=Japan Transformation)に向けたメッセージを打ち出す周年イベント「JX Live!」。その第3回目となる「JX Live!2025」を、10月21日、六本木のグランドハイアット東京にて開催しました。
今回は当日行われたラウンドテーブル「経済活性化の鍵は?既存産業と働き方のアップデート」アーカイブ動画より、議論の要旨をお送りします。本セッションでは、デジタルやAIの進展を見据えた産業構造と働き方のアップデートについて議論されました。

▼JX Live!2025について
https://nest.jane.or.jp/jxlive2025/
▼ラウンドテーブル②「経済活性化の鍵は?既存産業と働き方のアップデート」
https://www.youtube.com/watch?v=XNs8Q8lK2NU
【登壇者】(以下、敬称略)
石田 裕子(サイバーエージェント 専務執行役員)
小林 史明(衆議院議員)
田中 若菜(リンクトイン 日本代表)
御立 尚資(京都大学経営管理大学院 客員教授)
【モデレーター】
吉田 浩一郎(新経済連盟 理事/クラウドワークス 代表取締役社長 兼 CEO)

※本記事では、読者の皆様への情報伝達をよりスムーズにするため、各発言を編集・調整し、要旨としてまとめています。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: logo-1024x291-1.jpg

吉田:今回のテーマは「経済活性化の鍵は既存産業と働き方のアップデート」です。経済産業省の2040年の産業構造資料では、マクロでAI・ロボット人材が326万人不足し、事務職が214万人余剰となる予測に加え、理系や高専卒の不足が切迫した状況が示されています。また、経産省の「新機軸ケース」(名目GDP約1000兆円)では、「情報通信・専門サービス業」「製造業X」「アドバンスド・エッセンシャルサービス業」の3軸で改革が想定されていますが、雇用減少への対応が前提です。さらに、熱意ある社員の割合が世界平均23%に対し、日本はわずか5%とOECDで最下位レベルであり、アメリカで重視されるプロセスの楽しさなどが不足しています。御立さん、この現状をどのように捉えていますか。

吉田 浩一郎(新経済連盟 理事/クラウドワークス 代表取締役社長 兼 CEO)

御立:特に、現状から未来への「つなぎ」、すなわち既存産業の生産性向上は非常に難しい課題です。最大の問題は人材のミスマッチであり、B2Bのエッセンシャルサービス業の人材が特に不足しています。かつて現場を支えた高卒者が20年間で半数以下に激減する一方、大卒者数は変わらず、AI化が労働者減少のスピードに追いついていないためです。
一方で、定住外国人はすでに300万人となり、特にネパール人などモチベーションの持ち方が他国と異なる層が増えています。この変化を理解し、彼らに合った職業能力の付与が重要な課題です。
また、コモディティ化を避けてグローバルに勝つには、ロボットに代替できない付加価値が必要です。それは人間特有の五感に依存する「身体性」であり、例えばチャーハンロボットでも一流シェフの技術を教え込む必要があるように、身体性を持って五感で価値をつけている部分が鍵となります。日本には身体性を活用した産業や文化が豊富にあり、その活用に真剣に向き合うべきです。

御立 尚資(京都大学経営管理大学院 客員教授)

吉田:小林さん、この「As-Is」の産業構造と働き方に対しての課題感をお願いします。

小林:私は今の日本の大きな課題は「供給力と執行力の不足」だと考えます。賃上げを上回る物価高の背景には、円安だけでなく人手不足による供給力不足があり、新しいオフィスの建設見積もりが高騰していることがその一例です。この状況を打破するため、社会全体で設備投資、研究開発、供給力強化を行う必要があります。
もう一つの課題である「執行力」について、働き方改革の制度はあっても、厚生労働省の調査では36協定を結んでいる企業は4割、45時間以上残業している企業は3%未満と、制度が殆ど使われていません。官民で新しい制度を作った際には、目的意識を持って徹底的に使い倒すことが必要です。
そこで提案が二つあります。一つは、働き方改革の制度が使われない理由について、制度を見直すこと。二つ目は、新経連と一緒に高卒の「新卒採用マーケット」を作ることです。ドイツは高卒者への企業教育により、日本の7割の人口で日本の2倍超の輸出額を誇りますが、日本には「高卒一人一社採用」という昭和の仕組みが残っています。これを緩和し、高校生に初任給25万〜30万円を出す仕組みを構築できれば、社会は大きく変えられるでしょう。

小林 史明(衆議院議員)

吉田:小林さんの話は、御立さんの製造業や高専人口の話とも印象的に繋がりましたね。サイバーエージェントの石田さん、働き方についてお話をお願いします。

石田:私が考える課題は「人・組織・産業の硬直化の連鎖」です。まず、人については、働く人が現状維持を優先し、リスキリングや転職への心理的ハードルが高いことで、人がスタックしています。次に組織は、終身雇用・年功序列を前提とした労働市場の運用により、新陳代謝が妨げられ、人や組織の成長が阻害されています。産業に関しても、既得権益の保護や過去の成功モデルへの依存が強く、成長産業への人材の流動性が担保されない問題があります。最も問題なのは、この3つが互いに影響し合う「負の連鎖」を生んでいることです。人が挑戦しないのは組織がそれを評価しないからであり、組織が評価できないのは産業全体が守りに入っているためです。そして、産業が変わらないのは働く人の意識が変わらないからです。この硬直した連鎖構造が問題の根本だと感じています。

吉田:組織の硬直化ですね。では、リンクトイン日本代表の田中さん、人材市場の全体観についてデータをもとにプレゼンをお願いします。

田中:まず、経産省とOECDのデータから、G7の実質賃金は日本とイタリアが底辺を這いずり回り、労働生産性も低迷しています。さらに、OJT以外の国際比較では、日本企業が人材へ投資してこなかった現状が明らかです。
この硬直化が招いているのが、「日本の学習意欲がグローバルで最低レベル」という事実であり、OECD平均より約30%低い状態です。2022年の生成AI登場以降、OECD加盟国の労働者は積極的に新しいスキルを習得し、平均して多くて3つ、中には10個以上ものスキルを身につけている一方、日本は新しいスキルの追加で下から3番目です。
しかし、希望となるデータもあります。社内異動などで新たなキャリア機会を得た人は、そうでないメンバーに比べて50%も多く学び、1人当たりの学習時間が17%アップすることで、労働生産性の向上につながっています。

御立:これは全くその通りですが、製造業の現場では高卒や外国人の方々の活用が不可欠です。アメリカやヨーロッパでは、この層の活用に失敗し、学力的に恵まれない人々の一部が「頑張っても変わらない」という諦めから、ポピュリズム的な考えに傾倒しています。この層こそ、新しい意欲を持つ一歩手前のところにいる人々です。

小林:新経連の皆さんへの提案ですが、ポストごとの年収を公開しませんか。カリフォルニアなどで見られるように、何を学び、どのポストに進めば収入が上がるかを明確にすることが、働く人のモチベーションにつながります。これが不明確なのが、メンバーシップ型雇用の難しさです。例えば、軽井沢で月収100万円のタクシー運転手や、日当10万円で年収2500万円に達する北海道のラピダスの現場のような高収入の事例と、そのための資格を明確にして公開すれば、確実に人材は流動します。「データドリブンなオープンデータとしてシェアし、努力と年収アップの関係を可視化しよう」というコンセプトこそが、誰も取り残さない議論の鍵と思います。

田中:おっしゃる通り、透明性の高さは大きなやる気アップにつながります。世界中の人々が今身に着けているスキルは、特にAIのスキルであり、企業は既存人材をいかにAI人材にするかという課題認識を持っています。必要なAIスキルは、全ての人に共通するAIリテラシーや責任ある活用といったボトム層から、マネージャーレベルのプロンプトエンジニアリングや戦略、さらに専門部隊による開発・応用レベルへと構造化されています。
そして、AI活用に最も重要とされるのが、「ヒューマンスキル」です。これは、コミュニケーション、クリティカルシンキング、クリエイティビティ、EQ(心の知能指数)、適応性/俊敏性、意思決定力の6つです。 ゴールドマンサックスなどがAIエンジニアを大量採用する際に、哲学専攻者なども含め、これら6項目の高い人材を採用している例からも、ヒューマンスキルの重要性がうかがえます。

吉田:サイバーエージェントでは、AI関連の取り組みや人材育成の姿はどのようになっていますか。

石田:AIの取り組みはかなり先行していると自負しており、社員からアイデアを募る生成AI活用コンテストなどでアグレッシブな活動を進めています。かつては、AIは定型業務を代替し、人間は創造的な業務に集中できる「補完的」な役割だと想定していました。しかし、想定以上のスピードで進化した結果、AIの方が自律的・主体的に戦略設計や業務の最適化を指示し、人間がその判断を「評価していく」という、人間とAIが共創・協働する世界がもうすぐそこまで来ています。そのためには、AIの仕組みを人間が根本から理解した上で使いこなしていくスキルが必要不可欠です。

御立:アメリカのトップ50企業では、ベンダーとの交渉の3割以上をチャットボット(AI同士)が行い、調達コストが10%以上下がっています。一方で、人間がクリエイティブなアイデアを出した時に、AIがどう助けてくれるかを徹底的に追求している企業は差別化が可能です。 こうしたAI活用を日本で実現できれば、面白い結果を生むでしょう。

田中:AIの登場により、今後は職種ではなくタスク別に仕事が分けられ、そのタスクがAIによって自動化される時代が来ます。スキル別でみると、世界平均で70%がAIに置き換わると言われる中、マニュアルワークの割合が高い日本は、平均以上の73%という調査結果が出ています。
ただし、影響は仕事によって大きく異なります。例えば、データアナリストは97%、人事マネージャーは76%が置き換わるため、リスキリング待ったなしです。 一方、プロジェクトマネージャーは28%にとどまっており、これはステークホルダーマネジメントやエンゲージメントなどの人間力に頼る部分が多いためです。とはいえ、誰もがリスキリング・アップスキリングをすべき時代だと言えます。

田中 若菜(リンクトイン 日本代表)

吉田:それでは各自から、To Beに向けた提案をお願いします。

御立:田中さんのおっしゃる通りAIの活用は今後不可欠ですが、その上に身体性があり、さらに人間力が重要になります。2040年には現在の職種分類や産業分類は意味をなさなくなっているでしょう。次の10年で、業界の壁を超え、文化や言語だけでなく、縦割りの業界の壁を超えて多様な人々と付き合う力の価値がますます上がっていくことは明らかです。
私の提案は「新規基礎学力の共有と面白さの探求」です。全員が同じことを整然と行うという従来の日本のやり方をひっくり返し、むしろ「オタク」を増やすべきです。職業人のモチベーションは、お金よりも「面白い」と思える分野で強く働きます。
そういった要素を新しい日本の学力や教育制度、リスキリングに含め、その上で人間力のある人をリーダーとして押し上げていくことが、明るい日本の未来(To Be)に繋がるでしょう。2050年に人口が増える国はインドネシアとインドしかないと言われるように、多くの国が人口減の中で同じ問題に直面する以上、日本が率先して取り組むべきです。

石田:私の提案は、「人が自律性を持ち、組織が熱意を引き出し、産業が新しい価値を生み出す、相互循環的な構造」、すなわち人・組織・産業の自走・自律型のエコシステムを構築することです。
具体的には、人に対しては、知識や経験をインプットする従来型の人材育成から、自ら学び続け変化に適応する人材育成へ転換すべきです。それを支える組織は、管理型ではなく、社員の自律性を引き出しやる気を喚起する文化を作る必要があります。産業は、効率化やDX化を超えて、新しい価値を創造する構造へと変革しなければなりません。

石田 裕子(サイバーエージェント 専務執行役員)

田中:私の提案は3つあります。一つは、やった分だけ正当に評価される「スキルベース採用」を取り入れ、モチベーションを高めること。二つ目は、「キャリアオーナーシップとリスキリング」として、個人が責任を持ってキャリアを舵取りし、継続的なスキルアップを行うことです。三つ目は、組織における硬直化を避けるための「オープンコミュニケーション」を通じた透明性の確保です。この3つをうまく回していくことで、人的資本経営が実現できると考えます。

小林:私の提案は「境界を超える」です。まず、「人口減少は暗い」という思い込みの枠を超えなければなりません。AIが労働力減少分を代替すれば、人口が2割減っても、我々はより豊かになれるはずです。人口が8割になる社会を回すためには、この思い込みからの「越境」が大事です。もう一つは、国境を超えたM&Aです。アジアの人口増を活用するためにも、IT企業が製造業を買収しDXするなど、組み合わせ次第で無限に価値を生み出すM&Aをもっと進めるべきです。 M&Aを容易にするために、会計基準を見直し、のれんを非償却にすることも重要です。人手不足の時代は経営者不足でもあるため、徹底的にM&Aを行い、製造業やリアル産業のDXを加速すべきです。

御立:最後は結局マインドセットであり、同じデータを見ても明るい見通しを持てるかどうかです。日本にはチャンスが非常に多い、世間が明るくなるという意識を持った人を、日本の大多数にできるかが鍵になると痛感しました。

吉田:ありがとうございます。面白さ、自律性、オープンコミュニケーション、そして境界を超える、ということで日本を元気にしていければと思います。

吉田:(結びのメッセージとして)モデレーターとして、チャーハンの例に見るAIに絶対代替できない身体性の重要性が印象的でした。AI時代におけるオンラインとリアルの議論を踏まえ、今日の身体性や「越境」といった視点は、現実的に製造業とIT、リアルとインターネットが融合する新しい未来を感じさせます。
最後に、新経済連盟として強調していきたいポイントですが、新経済連盟は今、積極的に日本の大企業を会員として引き入れています。ITを中心とした団体という既存のイメージを更新するため、今後、大企業との融合を目指していきたいと考えています。

ここで行われた議論を参考にして、「異次元のスタートアップ政策」「既存産業と働き方のアップデート」「『失われた35年』逆転へのシナリオ」を柱とした「JX宣言」という形でメッセージをまとめました。
JX宣言2025における本テーマの要点は以下の通りです。

②デジタル化・AIの進展に適合し、産業構造と働き方をアップデートするための政策
・IT企業によるM&A等により社会全体のDXを推進(M&A推進のためにはのれん償却の見直しも必要)
・ジョブごとの報酬とそのジョブに必要なスキルを可視化することで、スキルアップと収入増に向けたモチベーションを向上
・スキルベース採用・昇進の普及
・ヒューマンスキル(コミュニケーション、EQ等)育成


▼「JX(Japan Transformation)宣言2025 ~失われた35年逆転への政策~」の詳細はこちら

関連記事