2012年6月1日、既存の技術やサービスの限界に縛られず、未来の社会経済の姿を構想し提示する団体として発足した新経済連盟(JANE)。デジタルの活用を軸に経済と社会を変革するために、民間の立場から政策提言を行うとともに、イノベーション(創造と革新)・グローバリゼーション(国際的対応力の強化)・アントレプレナーシップ(起業家精神・実業家精神)の促進を掲げています。そんなJANEは2022年6月1日に10周年を迎え、都内で記念イベントが開催されました。本記事では、学生起業家からJANE理事へ提言した記念セッションの様子をお届けします。
取材日:2022年6月1日
※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称
▼新経済連盟 https://jane.or.jp/
Speaker
栗本 拓幸 様(株式会社Liquitous 代表取締役CEO/慶應義塾大学 総合政策学部 休学中)
田中 あゆみ 様(一般社団法人 lightful 代表理事/デジタルハリウッド大学 デジタルコミュニケーション学部 4年)
Lloyd LEE 様(株式会社HYPERITHM 代表取締役/早稲田ビジネススクール MBA 2年)
下山 明彦 様(株式会社Senjin Holdings 代表取締役/東京藝術大学 デザイン科修士課程 2年)
Moderator
佐々木 紀彦 様(PIVOT株式会社 代表取締役社長)
Board of Directors
代表理事 三木谷 浩史(楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長)
副代表理事 藤田 晋(株式会社サイバーエージェント 代表取締役)
理事 井上 高志(株式会社LIFULL 代表取締役社長)
理事 鉢嶺 登(株式会社デジタルホールディングス 代表取締役会長)
理事 由利 孝(テクマトリックス株式会社 代表取締役社長)
理事 吉田 浩一郎(株式会社クラウドワークス 代表取締役社長 CEO)
※理事 松田 憲幸(ソースネクスト株式会社 代表取締役会長 兼 CEO)は都合により欠席
目次
提言1.「民主主義のDXで、”新しい回路”を実装する」
提言2.「Update教育実習」
提言3.「Web3の人材が流出する国から流入する国へ」
提言4.「シン・JX ―日本発のグローバルアジェンダを作るために―」
提言1「民主主義のDXで、“新しい回路”を実装する」
佐々木 本セッションでは、4名の学生起業家からJANEの理事の皆さんへの提言をしていただきます。まず1人目は、株式会社Liquitous 代表取締役CEOの栗本拓幸さんです。栗本さんからは「民主主義のデジタルトランスフォーメーション(DX)」をテーマにお話いただきます。
栗本 私からは、「民主主義のDXで、“新しい回路”を実装する」という提言をさせていただきます。すべてのヒトとモノ、あらゆる知識や情報、仮想空間と現実空間が繋がり、社会課題を解決できる社会を目指す「Society 5.0」が、「経済財政運営と改革の基本方針2022」でも掲げられています。国民の権利である参政権を保障するためにも、もはやオンライン投票は是非を問うフェーズではなく、実装に向けた議論を進めていくフェーズにあると考えています。
オンライン投票は単に国民の参政権を保障するだけではありません。国境離島や在外の邦人の参政権も保障します。だから、私はオンライン投票の実装に向けた議論が必要だと強く考えているのです。ここで重要なのは、既存の民主主義の仕組みをデジタル化するだけではなく、デジタルを前提とした民主主義に移行するということです。
少子高齢化が進んだ日本はシルバー民主主義の問題が深刻です。日本財団の18歳意識調査でも、若い人たちは自分がアクションを起こしても世の中が変わらないと思っていることが明確になっています。自己効力感の低さは、特に若年層の投票率がなかなか上がらない要因の1つだと考えています。だから、既存の選挙や議会といった回路とは別に、人々の民意を集約する仕組み、「新しい回路」を作る必要があると考えています。すべてをオンライン直接民主主義に移行すればいいというわけではありません。社会哲学者J・ハーバーマスの提唱した二回路デモクラシーが必要なのです。
現在、Liquitousを含む様々な民間企業・団体がこの新しい回路の社会実装に挑戦している段階です。国は積極的に干渉するのではなく民間企業・団体の動きに任せるべきところは任せて見守っていただきたいのです。ただ、いずれはオンラインを使った市民参加型の新しい回路を法的にも保障していく必要があると考えています。
「Society5.0」の前提として、インターネットアクセスを権利として保障する、あるいはユニバーサルサービス化するといった議論を進めていただけると嬉しいです。
佐々木 藤田さんはオンライン投票について、いかがお考えでしょうか?
藤田 先程、栗本さんがお話くださったようになかなか前に進んでいる手応えがないのが現実ですよね。栗本さんは、具体的にどのように進めようとしているのか、是非お聞きしたいです。
栗本 市民参加型の合意形成の新しい仕組みとしてWebアプリケーションを開発しました。現在、埼玉県横瀬町や千葉県木更津市をはじめとする15の自治体と取り組みを進めているのですが、まずはこの仕組みを行政と市民をつなぐ新しいコミュニケーションの場として運用し、中長期的にはスマートシティでは、都市OSの一部として活用される未来もあると考えています。
鉢嶺 私はオンライン投票に賛成です。そのプロセスとして、最近ではSNSを活用した選挙活動もよく見かけますし、SNSで様々なことが発信できるようになっていますから、若い方たちも政治に関わりを持つことが出来るようになってきていますよね。これは、非常に良い環境の変化だと思うので、ぜひそれを経てオンライン投票が実現できることを願っています。
井上 栗本さんのご提案は、いきなり法改正をしてオンライン選挙を解禁するのではなく、その手前の段階で民意を問うような場所を作ろうということですね。
栗本 その通りです。公職選挙法の改正でオンライン投票を解禁することと、それとは別に、オンライン上に民意を集約する新しい場を整えるという提案です。民意を集約する新しい場としてLiquitousはプラットフォームを開発しているので、それが活用されるようサポートいただきたいと考えています。
井上 私も何年か前に民意を問う仕組みを作ったことがあるので大賛成です。海外では選挙前、義務教育課程でも各候補者の政策を学んで小中学生が模擬投票し、投票結果がニュースで公開される仕組みがあるところもあるようです。そういった仕組みもセットにできると良いムーブメントを起こせるのではと期待しています。
提言2「Update教育実習」
佐々木 2人目は一般社団法人 lightfulの田中あゆみさんです。田中さんからは教育の視点からの提言です。
田中 私が提言したいのは、「Update教育実習」です。教員養成課程において民間企業でインターンをする機会を設け、その学びを単位認定する制度が作れたら良いのではと考えています。
私は埼玉県戸田市の教育委員会と一緒に、1〜2週間に一度、学校でインターンをしてその学びをシェアする、次世代教員育成プログラム「TEST」を運営しています。この活動を通して、本当の意味で教員という職業を知る大事さを実感しているところです。最近、中央教育審議会でも教育実習から学校体験活動へ、という議論がなされていますが、私はその議論のさらに一歩先を目指すべきなのではと考えています。
学校はSociety 5.0に生きる人材を育成する場なのに、今の学校現場では学べることが限られています。だからこそ、社会問題を解決するために日々活動している民間企業で経験を積むのが、これからの社会には不可欠ではないかと思っています。
由利 とても良い提言だと思います。「主体的な学び」や「探究的な学び」が必要だと言われていますが、それを今の先生たちが進めていくのは難しいのが現状です。
教員の役割が「生徒に対して一方的に知識をインプットする」から、「ファシリテーションができる」や「生徒が自分で課題を見つけられるようになる」に変わっていく必要があるとしたら、民間企業が力になれるチャンスが豊富だと思うので、ぜひ進めてほしいです。
田中 ありがとうございます。学校現場はこのままではダメだという認識を多くの人が持っていると思いますが、うまく噛み合っていないのが現状です。だからこそ新経済連盟の皆さんと、力を合わせて変えていきたいと思っています。
吉田 教員免許の有無に関わらず、大学卒業生を教育困難地域の公立学校に講師として最低2年間赴任させる「ティーチ・フォー・アメリカ」のプログラムのように、大きなムーブメントを起こせると良いですね。
学校現場では、教員は学生や親御さんにどうしても気を遣ってしまいがちだけれど、民間企業なら遠慮せずいろんなことに挑戦出来ます。ぜひ新経済連盟で力を合わせてやっていきましょう。
提言3「Web3の人材が流出する国から流入する国へ」
佐々木 3人目は、株式会社HYPERITHMの Lloyd LEE(ロイド・リー)さんです。ロイドさんはソウル大学を卒業後、MBAで学びながら会社を経営されています。ロイドさんのテーマは次世代の分散型インターネット「Web3.0」です。
ロイド 僕の提言は「Web3.0の人材が流出する国から流入する国へ」です。日本からシンガポールやドバイなど海外への人材流出が激しく、既に移住した起業家だけでなく、移住予定と検討中の起業家を併せるとかなりの人数がいます。これは、日本にとって人材の流出だけの問題ではなく、富の流出でもあると捉えています。
人材が流出してしまう主な要因は、日本の税制や法規制が厳しいことです。一方で、日本には企業の資金力や個人の購買力、アニメなどのコンテンツを始めとする知的財産権といった強みがあり、いろんな側面からWeb3.0の人材を流入させることが出来るはずなんです。
そこで、ぜひ新経済連盟の皆さんには、まず税制改革をさらに強くプッシュいただくとともに、Web3.0専用のファンドを立ち上げていただき、Web3.0へより多くの資金投下をお願いしたいと考えています。
三木谷 まさに、日本の税金の高さは致命的ですよね。働き方がワーク・フロム・ホームも一般的になった今、シリコンバレーでも世界的に有名な企業が本社を移転しましたし、個人ベースでもベンチャーキャピタリストの多くが、ネバダやテキサス、フロリダに移っています。
カリフォルニア州の所得税の50%はカリフォルニアに居る1%の人が納めている状況なので、仮にその1%の人が半分抜けると25%の税金が減ることになります。このことからも、税金の高さはイノベーションにとっても致命的なんです。
日本の場合、暗号資産の税制はナンセンスですし、所得税やキャピタルゲイン課税、相続税も高すぎます。新経済連盟は日本の税金が高すぎるということをアピールし続けているので、引き続きプッシュしたいです。
井上 新経済連盟でも、国際金融都市の実現についても提言(2020年9月)していましたが、今世界的に見てもWeb3.0やDeFiやNFTなどが飛躍的に盛り上がっています。この動きの中で、日本としても政府と民間企業が足並みを揃えながら全世界的に見ても最も自由にDeFi等が出来るように税制や法規制を圧倒的に改善した「Web3.0特区」を作る政策提言をしても良いかもしれないですね。
ロイド Web3.0の人材は流動性が高いという特徴もあるので、良い制度が作られた国に移動してしまいます。だから、税制が改善されれば、これまでに日本から流出した起業家が戻ってくるだけでなく、外国籍の起業家も日本に流入し、将来的に日本を豊かにできるのではないかと思っています。
提言4「シン・JX ―日本発のグローバルアジェンダを作るために―」
佐々木 4人目は、Senjin Holdings代表取締役の下山明彦さんです。東京藝術大学に通う下山さんは、芸術やアートの側面からの提言です。
下山 僕は起業家でありアーティストであり研究者であるのですが、その観点から提言したいのは、「シン・JX ―日本発のグローバルアジェンダを作るために―」です。
人類史を振り返ってみると、思想や概念を創った人が勝者になる歴史を繰り返しており、日本もかつては技術立国のアジェンダでグローバルの勝者になりました。今は、過去の栄光に引きずられて前に進めていない状況があると捉えています。日本がもとより持っている思想や概念は、グローバルスタンダードになれるポテンシャルがあると思うんですね。
例えば、ウェルビーイングやマインドフルネスの源流は、世界に禅を広めた仏教学者・文学博士の鈴木大拙氏の思想です。それに、日本は世界で最初に超高齢化社会を迎えるともいわれています。つまり、超高齢化社会における幸せとは何かを、世界に先駆けて定義できる可能性もあります。
だからこそ、日本発信の思想や概念がグローバルスタンダードになるように国際的な場で語れる人文学者が必要だと考えています。経済団体や企業の人文学への投資を増やし、人文学者のポストを用意することで、人文学者と企業や経済団体が一緒になって日本の思想をグローバルに広める仕組みを作れると思うのです。
私のバックグラウンドとして、ミッション・ビジョン経営やパーパス経営の次に、企業や起業家が今後何を存在意義としていくのかということを研究しています。今後、究極的には芸術や美が存在意義となる時が来ると考えていて、そうしたものを企業とともに創るという活動をしています。例えば、「Japan Transformation(JX)」という言葉も、人文学者とともに世の中への伝え方を考えられると良いのではと思います。
佐々木 三木谷さん、いかがでしょう?
三木谷 少し違う観点かもしれませんが、子どもたちが歴史や文化を学ぶ際、日米でも大きな違いがあるのを目の当たりにしています。アメリカでは、例えばフロリダの奴隷制度や日系二世について自分で研究してレポートを書きますが、日本では歴史の年代を丸暗記しています。
日本の教育現場では、一般教養に対する重要性がどんどん低くなってきて思考停止状態になってきている現状があるのではと思っています。日本の思考力を高めるには、教育面からの変革も必要だと感じました。
井上 私が立ち上げた公益財団法人Well-being for Planet Earthでは、国に対してGDPの成長を目指すだけではなくGDW(Gross Domestic Well-being)の指標を作ることを提言しています。日本はリベラルアーツ(一般教養)や日本人のアイデンティティ、文化を学んだり思考したりする機会が少ないですよね。ただ、これらがある程度指標化されて重要性が評価されるようになると、社会が動いていくんだろうなという印象を持ちました。
由利 私自身は、経営はアートに近い部分があると考えています。芸術やアートは既成概念から離れて自分の哲学で社会を観て再構成するような作業だと思っています。新しい事業を起こすというのは、まさに同じことではないでしょうか。
吉田 リベラルアーツの領域の開拓に必要なのは新しい取り組みを実践する教育スタートアップを作ることかもしれないとお話を伺いながら思いました。例えば、軽井沢風越学園の大人も子ども「つくる」ことを大切にする教育や、インターネット×通信制のN高校のプロジェクトマネジメント力を鍛える教育など新しい取り組みからリベラルアーツを大切にしたあり方を開発していくという方法も良いのではないかと思いました。
下山 新渡戸稲造が書いた「武士道」が様々な文献で引用元になったことで「武士道」という言葉が世界に広まった歴史がありますが、新経済連盟の理事を始めとする皆さんは、まさに、そうした現象を作り出せると思います。そこには、企業としての利益を出すということだけではなく、日本がもともと持っていた思想とビジネスとの連結点を強靭な哲学と思想を持って探ることが必要です。そこに役立てるのが学者や思想家、芸術家だと思うんですね。経済と学問と芸術が連結することが、本当の意味での「Japan Transformation(JX)」につながると思っています。
佐々木 ありがとうございます。今回は4人の学生起業家が新経済連盟の理事に対してさまざまな提言をしてくれました。採用したい提言はありましたか?
三木谷 もちろん、全て採用します。これから具体的な話をしていきましょう。
佐々木 今後の学生起業家と新経済連盟のコラボレーションに期待しています。本日はありがとうございました。
■Speaker■
栗本 拓幸 様/株式会社Liquitous 代表取締役CEO(慶應義塾大学 総合政策学部 休学中)
「一人ひとりの影響力を発揮できる社会」を目指して、民主主義のDXを進める。現在は、オンラインの市民参加型合意形成プラットフォーム「Liqlid」をWebアプリケーションとして開発。「Liqlid」の導入・運用のコンサルティング・支援、大学等と連携した効果検証・EBPM支援と併せて、「Liqlid」を自治体向けに展開。現時点で10以上の自治体と取り組みを進める。
田中 あゆみ 様/一般社団法人 lightful 代表理事(デジタルハリウッド大学 デジタルコミュニケーション学部 4年)
公教育・学校現場を専門としたインターンの支援事業を主軸に展開。「生徒一人一人にスポットライトを」という理念の下、若手教育人材を対象に次世代型教育の研修事業やイベント運営事業を行う。現代に生きる子どもたちのより主体的な進路選択と意思決定を目指し、学校教員の価値を最大化し彼らが時代に合わせた教育を全力で行うことのできる環境創出に取り組む。
Lloyd LEE 様/株式会社HYPERITHM 代表取締役(早稲田ビジネススクール MBA 2年)
日本と韓国を拠点に機関投資家等を対象とした暗号資産のウェルスマネジメント事業及びWeb3サービスの開発・投資事業を展開。2022年3月には、シリーズBのブリッジラウンドにてCoinbase Venturesより追加資金調達。2022年5月より、適格機関投資家等特例業務に基づく国内初ビットコイン建てのファンドを運用開始。
下山 明彦 様/株式会社Senjin Holdings 代表取締役(東京藝術大学 デザイン科修士課程 2年)
Senjin Holdingsでは、テクノロジーを用いて人間生活の時間的密度の最大化を仕掛ける。具体的には広告・メディア運用の最適化や、ヘルスケア及び金融領域での事業開発を展開。2020年にはクリプト事業を行う関連会社を6億円で売却。昨年より芸術家グループALTと共に経営層に向けたワークショップを提供し、ビジョンの見直しから社内エンゲージメント向上まで一貫したコンサルティングを展開。
■Moderator■
佐々木 紀彦 様(PIVOT株式会社 代表取締役社長)
「東洋経済オンライン」編集長を経て、NewsPicksの初代編集長に。動画プロデュースを手掛けるNewsPicks Studiosの初代CEOも務める。スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』『日本3.0』『編集思考』。2021年秋に『起業のすすめ』(文藝春秋)を刊行。大のサッカーオタク。
文・編集/ フリーランス編集者 田村朋美
2000年に新卒で雪印乳業に入社。その後、広告代理店を経て個人事業主として独立。2016年にNewsPicksに入社。BrandDesignチームの編集者を経て、現在は再びフリーランスのライター・編集として活動中。スタートアップから大企業まで、ブランディング広告やビジネス記事を得意とする。