マネーフォワード/辻庸介「デジタルシフトの流れは止まらない。大事なのはできることを考えて前に進むこと。」

新経済連盟(JANE)幹事/辻庸介(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長CEO)

「お金を前へ。人生をもっと前へ。」をミッションに、すべての人の「お金のプラットフォーム」になるべく、お金の課題を解決するインターネットサービスを提供している株式会社マネーフォワード。企業向けには、バックオフィスに関するさまざまなデータを連携し、経理や人事労務の面倒な作業を効率化する「マネーフォワード クラウド」を展開し、企業のDX推進を強力にサポートしています。

同社代表取締役社長CEOで、JANEのFintech推進プロジェクトチームのリーダーでもある辻庸介幹事に、中小企業のDXの現状やペーパーレス・はんこレス社会を目指した提言、デジタル庁に期待することなどについて、お話を伺いました。

※JANE = 新経済連盟の英語表記 Japan Association of New Economyの略称

取材日:2020年11月6日

目次
1.変革による痛みは一時的なもの。前に進むしかない
2.一歩踏み出せないなら、デジタルネイティブな社員に任せる
3.どうすればペーパー・はんこをデジタルに代替できるのか議論に議論を重ねた
4.デジタル庁は日本にとって、最初で最後のチャンス
5.日本を少しでも前に進めるお手伝いをしたい

▼ハイライト動画(約1分)

変革による痛みは一時的なもの。前に進むしかない

――中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の、現状と課題について教えてください。

コロナ禍でリモートワークをせざるを得ない状況になり、企業のデジタルトランスフォーメンション(DX)は半ば強制的に進むようになりました。Afterコロナと言われる状況になっても、デジタルシフトの流れは止まらないので、DXを進めていく以外に道はないと思っています。

DXには、単純にアプリケーションのユーザーエクスペリエンス(UX)を変えるものや、インフラから変えるもの、経営の意思決定から変えるものがあり、どこまでやり切るかがポイントになります。

たとえば、金融機関がユーザー接点を増やすためにアプリを導入するといったものは難易度が低く取り入れやすいのですが、会計や経費精算をクラウドに変えようと思ったらバックオフィスのオペレーションから変える必要があるので難易度は高くなります。

もちろん、難易度が高い分、今まで手作業で時間がかかっていた経費精算がスマホで簡単に申請できるようになるなど、業務がとても効率化されて楽になりますが、慣れ親しんだオペレーションを変えることには、一時的に痛みが伴います。

とはいえ、あらゆる企業活動をデジタル化しないと立ち行かなくなるのは明らかなこと。手を打たないと生産性は下がり、ビジネスチャンスを逃すことにもつながりますし、世の中の変化と共にビジネスモデルを変革する必要もあるはずです。痛みを伴いながらでも前に進めていくしかないのです。

一歩踏み出せないなら、デジタルネイティブな社員に任せる

――DXがなかなか進まない根本的な理由は何だと思いますか?

やらないといけないことは分かっているけれど、具体的にどんなメリットがあるのかが分からないからだと思います。現状維持というバイアスもあるでしょうし、そもそもどうすればいいのかが不明確の場合は、なかなか一歩を踏み出せません。

だから、DXを進めるにはパートナーの存在が大切で、企業の身近にいる税理士さんや金融機関の協力が不可欠だと思います。弊社は多くの企業の背中を押すきっかけになればという思いで、8月からDX推進キャンペーンを打ち出しました。

私がよく企業の経営者から「何をしたらいいのかわからない」と相談を受けたときに言うのは、経営者が全員ITに詳しいとは限らないのだから、社内のデジタル化に興味のある若手に任せてはどうかということです。

デジタルネイティブな社員はデジタルへの抵抗がないから、その人たちを旗振り役にして小さく始めてみる。そして、小さな成功体験をたくさん積むことで、徐々に全社に広げていく。「分からない」と止まるのではなく、できる方法を考えて進むのが大事だと思います。

新経済連盟(JANE)幹事/辻庸介(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長CEO)※当日はオンラインインタビューのため、写真は過去に撮影したもの

――小さな成功体験を積むためには、難易度が高くてもバックオフィス業務をデジタルシフトすると、わかりやすい効果が出そうです。

その通りで、たとえば「今まで10人でやっていた業務が2人でできるようになった」、「ペーパーレスになって経営データをすぐに出せるようになった」、「経費精算が移動中にスマホでできるようになった」、「手渡ししていた給与明細をメールで送信できるようになった」というように、生産性が分かりやすく向上します。

テクノロジーに代替できる作業はテクノロジーに任せて、人は人じゃないとできない本質的な仕事に注力すべきです。たとえば経理の事務処理作業がなくなることで、コスト削減や利益率を高めるための提案に時間を割けるようになると、とても価値がある時間が作れるようになると思いますよ。

ただ、サービスを創る側にいる私たち(マネーフォワード)は、それほどITに詳しい知識が無くても使いやすく使えるサービスを届けていくことも私たちの使命でもあることを忘れてはいけません。

どうすればペーパー・はんこをデジタルに代替できるのか議論に議論を重ねた

――マネーフォワードは5月1日に、「ペーパーレス・はんこレス社会を目指した提言」を出されました。その経緯について教えてください。

緊急事態宣言が発令されたとき、弊社もリモートワークにシフトしましたが、押印や紙を使った業務がある法務や総務、経理のメンバーは、電車で出社しないといけない状況にあったのです。そもそも紙の資料や押印のために命をかけて出社するのはおかしいし、そこまでして会社を守ってくれていることに申し訳なく思いました。

だからといって、簡単に「明日からはんこを無くそう」とはできません。はんこは必要とされたから定着したものなので、はんこの役割とは何かについて政府関係者や経済団体などと毎日のようにディスカッションし、なぜデジタル化が進まないのか、どうすればデジタルで代替できるのかをあらゆる角度から整理しました。

そして、世の中を少しでも前に進めたい、日本でなかなか進まないデジタル化を進めたいという思いから提言書を作り、政府に提案したのです。

(出典:株式会社マネーフォワード「ペーパーレス・はんこレスに向けたマネーフォワードの提言」(2020年5月1日))

菅政権に変わってからは、河野大臣が「行政手続きの99.247%で押印廃止にしたい」と述べたり、デジタル庁新設に向けての動きが見られたりと、ここ2ヶ月くらいで一気にデジタル化の流れは加速しています。国がデジタル変革を先導するリーダーシップを発揮してくれるのは、とても嬉しいことです。

デジタル庁は日本にとって、最初で最後のチャンス

――2021年9月に新設を目指しているデジタル庁に期待することを教えてください。

失われた30年と言いますが、平成元年の「グローバル時価総額ランキング」のトップ30にランクインしていたのはほとんどが日本企業だったのが、30年経って日本企業はゼロになりました。50位までにトヨタ自動車がランクインしたのみです。

ではどういう企業がランキングの上位を占めたかというと、アメリカのGAFAMなどに代表されるIT企業。日本は、伸びる領域や必要とされる領域へのシフトが遅れたから、多くの企業の成長が停滞してしまいました。

しかも、日本のデジタル化が遅れていることは、コロナ禍で対応が後手に回ったことで白日の下に晒され、IT後進国としてのレッテルを貼られたといっても過言ではありません。

だから私は、デジタル庁は「最初で最後のチャンス」だと思っています。デジタル庁が日本のデジタル化をどこまでやり切れるかが勝負。やるべきことは決まっているので、心から期待しています。アフターコロナは誰も体験したことのない、いわば未体験ゾーンなので楽しみです。

――30年という長い期間がありつつも、各国に比べて日本のデジタルシフトが遅れた理由は何だと思いますか?

日本にどんなインフラを作りたいかというビジョンがなく、個人情報やセキュリティの問題をクリアにしながら法律を整備しようとするリーダーシップも欠けていたからだと思います。

個人情報は、当然悪用されると問題ですのでセキュリティ対策をしっかりと施す必要がありますが、必要以上に不安視するものではありません。それよりも大切なのは、個人情報を公的に活用すると、どのようなメリットを得られるのかというインセンティブ設計を明確に提示すること。

たとえば、行政手続きがオンラインで家からできる、給付金が即日受け取れる、税金が安くなるなどのインセンティブをきちんと提示し、デメリットよりも受け取るメリットの方がはるかに魅力的ならば、徐々に国民の賛同を得られるようになるはずです。

日本を少しでも前に進めるお手伝いをしたい

――辻さんが、企業経営をするうえで一番大切にしていることは何でしょうか。

私よりも若い世代の人たちの価値観は、社会にどう役に立つのかということがより重要になってきていると言われていて、企業にもサステナビリティや企業活動を通して社会をどのようにより良くしていくのかということが求められる時代になっています。

私たち(マネーフォワード)は、ミッション・ビジョン・カルチャー経営というのがコアになっていて、何をするために在る会社なのかということを伝え、その旗印のもとに共感して集まってくれたメンバーがそれぞれにやりがいを持って能力を出しながらワクワクした気持ちを持ちながら働くためには何が必要かということを経営陣でもよく話をします。

――最後に、マネーフォワードがJANEに加盟したきっかけと現在の活動、今後の展望について教えてください。

加盟したのは3年前です。楽天の三木谷氏がJANEを立ち上げて以降、デジタル時代を牽引するリーダーたちが続々と加盟するのを見て、私も世の中を少しでも前に進めるお手伝いをしたいと思って加入しました。

現在、JANEが掲げている大きな政策テーマは「インテリジェントハブ化構想 〜東京をシリコンバレーに」と「最先端社会スマートネイション 〜シェアリング・エコノミー、電子化〜」、「人口減少、労働力不足問題への対応 〜移民政策〜」の3つ。

私はそこから枝分かれした、Fintech推進プロジェクトチームのリーダーとして、日本を世界最先端Fintech大国にすべく政策提案をしたり、グローバルで活躍している経営者のネットワークを活用して海外事例をもとにした提言をしたりしています。この3年間で提言していたものが徐々に現実になり始めており、ずいぶんと日本が動いた実感があります。

JANEはエグゼキューションの具体的な方法まで提言できるという点が強みだと思います。超高齢化社会で人口減少が避けられない日本は、このままの状態が続くとグローバルでの存在感がなくなってしまうという危機感があります。経済力はイコール発言力ともいわれ、国防にも影響するため、この危機的状況を少しでも打破し、日本を良くするための活動をこれからも積極的に続けたいと考えています。

新経済連盟(JANE)幹事/辻 庸介(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO)
1976年大阪府生まれ。2001年に京都大学農学部を卒業後、ソニー株式会社に入社。2004年にマネックス証券株式会社に参画。2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。2012年に株式会社マネーフォワードを設立し、2017年9月、東京証券取引所マザーズ市場に上場。2018年2月 「第4回日本ベンチャー大賞」にて審査委員会特別賞受賞。新経済連盟 幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー、経済同友会 第1期ノミネートメンバー。

文・編集/ フリーランス編集者 田村朋美
2000年に新卒で雪印乳業に入社。その後、広告代理店を経て個人事業主として独立。2012年ビズリーチの創業期に入社してコンテンツ制作に従事し、2016年にNewsPicksに入社。BrandDesignチームの編集者を経て、現在は再びフリーランスのライター・編集として活動中。スタートアップから大企業まで、ブランディング広告やビジネス記事、採用領域を得意とする。

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